東京外国語大学言語モジュール

5.13. ğ
 ğは出現するための音環境に制約があり、音声が実現する音環境は限られています。ğは、語頭や子音の直後には出現しません。よって、基本的に母音の直後にしか出現せず、閉音節末(語中・語末)か語中の音節頭にのみ出現します。
 語末の閉音節末では、直前の母音を長音化する[ː]で実現します。語中の閉音節末では、語末と同様に母音を長音化する場合と有声硬口蓋接近音[j]で実現する場合があります。
 語中の音節頭では、基本的に脱落しますが、iの直前では有声硬口蓋接近音[j]、uの直前では有声両唇軟口蓋接近音[w]で実現する場合もあります。
 ğはアナトリア東部方言などでは有声口蓋垂摩擦音[ʁ]で実現しており、古くは子音としての音価があったものの、音の歴史的変化においてこの摩擦音が弱化した結果、脱落・母音の長音化・接近音で実現するようになったようです。
 トルコ語共通語においては、一部接近音で実現する場合を除けば、基本的にğは子音の音声学的特徴は備えていません。しかし、音節境界を画定する際には、子音として考えた方が便利です。そこで、ğを音韻論的には子音と捉えておいて、冒頭に示した「音素表記は、なるべくIPAに準じた表記を用いる」という前提に反するようですが、音素は/ğ/としておきます。一部の研究者に、/ː/という音素表記がみられますが、(1)母音の長音化として実現しているので母音という解釈が生じかねない、(2)日本語の長音音素(/ʀ/や/ʜ/で示される)と同様に捉えられ付属モーラ音素として捉えかねない、といった状況を避けるためには用いないほうがよいと考えられます。音節境界を画定するためという超分節音的な「境界表示機能」が優先されますが、ひとまずここでは/ğ/を音素とみなすことにします。
dağ, dağa, bağ, bağa
boğaz, değil, soğuk
bağdaş, sağcı, iğne, öğle