東京外国語大学言語モジュール

Step49 : 中動態

かつてのインド・ヨーロッパ語(祖語)では,能動態と中動態とが対立していたとされていますが,その後能動態,受動態の対立が顕在化して,中動態の役割が小さくなりました。
たとえば,古典インド・ヨーロッパ語を代表するサンスクリット語の動詞の態としては,能動態(パラスマイパダ「為他言」)と反射態(アートマネーパダ「為自言」)とが基本的な対立をなしていて,受け身(受動活用)は,使役活用,意欲活用,強意活用とともに,派生的な接尾辞による第2次活用であるにすぎません。
能動態と反射態とは,ある動作が誰の為になされるかに着目した態の区別です。本来能動態は他者のための動作,反射態は自己のための動作で,たとえば「他人の為に祭祀する」には能動態,「自分の為に祭祀する」あるいは「自分のために(他者に)祭祀させる」には反射態を用いるのです。したがって,反射態は,その動作の結果が自分に及ぶものであることを表す点では,近代ヨーロッパ語の再帰動詞,代名動詞の機能を持つ一方,自分の為の動作であれば,たとえ動作主が自分でなくとも,他人にさせた動作でもよい,という点では「使役」の機能を持っているのです。
中動態およびサンスクリット語の動詞組織については,以下を参照してください。
バンヴェニスト 1983.『一般言語学の諸問題』[河村正夫他訳]. みすず書房。
辻直四郎『サンスクリット文法』, pp.105-112, 岩波全書,1974年。