東京外国語大学言語モジュール

Step02 : 人称代名詞(1) ― 単数

■ 人称代名詞
 ベトナム語の人称代名詞を、大雑把にまとめると次のようになります。
 
 
 
 
一人称
tôi
 
二人称
中高年
ông
 
若い人
anh
chị
 
三人称
中高年
ông ấy
bà ấy
 
若い人
anh ấy
chị ấy
 
 しかし、ベトナム語の人称代名詞は殆どが親族名称から取られたものです。また、単語の使われ方も一様ではなく、相手との関係によって変化します。そのため、同じ "anh" が関係によって「私」になったり「あなた」になったりします。
 
 
一人称
tôi,
em, anh, chị, cô, chú, bác, ông, bà ...
 
二人称
 
em, anh, chị, cô, chú, bác, ông, bà ; thầy ...
 
 このように同じ単語がどちらの意味でも使われることが分かります。
 この中で、 "tôi" だけは常に「私」という意味を持っていますので、慣れないうちは "tôi" のみでも構いません。ただ、 "tôi" は少し硬い表現であり、また年上の人に使うには少々失礼でもあるので、慣れてきたら下の表現を使うほうが良いでしょう。
 
 "tôi" 以外の人称代名詞には全て親族名称(兄・姉・父・母・弟妹など)が使われています。したがって、変化の仕方もほぼ親族名称と対応します。どの人称代名詞を使えばいいのかは、相手との(年齢的な)関係を家族に当てはめて考えれば分かりやすいでしょう。
 ここでは便宜的に、一人称・二人称に分けて説明します。
■ 一人称(単数形) 「私」
 
cháu
自分が相手の子供かそれ以下の年代の場合。男女共通。
 
em
自分が相手の弟もしくは妹の年代の場合。男女共通。
 
anh
自分が相手の兄の年代の場合。男性のみ。
 
chị
自分が相手の姉の年代の場合。女性のみ。
 
自分が相手のおばの年代の場合。若い女性から中年層まで、比較的広く使われる。
 
chú
自分が相手の父親と同じかそれよりも若い年代の場合。男性のみ。
 
bác
自分が相手の父親より年配の場合。ôngよりは若い。
 
ông
自分が相手の祖父の年代の場合。ただし、年配の男性全般に使われることもある。
 
自分が相手の祖母の年代の場合。
 
 つまり、年を取るにしたがって、
男性であれば cháu → em → anh → chú → bác → ông と、
女性であれば cháu → em → chị → cô → bà という具合に、
よく使う一人称が変化していくことになります。
 
■ 二人称(単数形) 「あなた」
 二人称も一人称と同じ基準によって決まりますから、相手との関係と使う単語はほぼ裏返しになります。
 
cháu
相手が自分の子供かそれ以下の年代の場合。男女共通。
 
em
相手が自分の弟もしくは妹の年代の場合。男女共通。
 
anh
相手が自分の兄の年代の場合。男性のみ。
 
chị
相手が自分の姉の年代の場合。女性のみ。
 
相手が自分のおばの年代の場合。若い女性から中年層まで、比較的広く使われる。
 
chú
相手が自分の父親と同じかそれよりも若い年代の場合。男性のみ。
 
bác
相手が自分の父親より年配の場合。ôngよりは若い。
 
ông
相手が自分の祖父の年代の場合。ただし、年配の男性全般に使われることもある。
 
相手が自分の祖母の年代の場合。
 
■ 特別な場合の一人称・二人称
 上で見たのはすべて他人に対する呼びかけでしたが、親密度が深まった場合のほか、親子の間、学校の教室などでは特別な言い方が用いられます。
 
1. 先生・生徒の関係の場合 (em←→thầy, cô)
 学校内では、生徒は自分を "em" と呼び、男の先生は "thầy" 、女の先生は "cô" を一人称に使うことになっています。また逆に、先生は生徒に対して "em" と呼びかけ、生徒が先生を呼ぶときは "thầy" もしくは "cô" になります。"thầy" は "thầy giáo" 、"cô" は "cô giáo" の、それぞれ省略形からきています。
 
thầy
男の先生
 
女の先生
 
em
私、僕
 
 
2. 親子の間で (con←→bố, mẹ)
 親子の間では「子供」を意味する "con" 、「父」の "bố" および「母」を意味する "mẹ" を使って呼びかけが行なわれます。
 
3. 親密度が深まった場合 (mình, tớ←→cậu)
 親密度が深まった場合には通常の単語ではなく、"mình(私)" 、 "tớ(私)" 、 "cậu(君)" を使って呼びかけたり、名前で呼び合ったりもします。
■ 一人称・二人称(単数形)の関係まとめ
 上記の一人称・二人称は大体対応関係にあります。
 
 
em←→anh, chị
:自分と相手が兄弟の年代の場合
 
cháu←→cô, chú, bác
:自分と相手が親子もしくはそれに準ずる年代の場合
 
cháu←→ông, bà
:自分と相手が祖父母・孫の年代の場合
 
 簡単にまとめればこのように整理できますが、人称表現は主観や相手への配慮が多量に入り込むために一概にこれと断定することはできません。たとえば、同じくらいの年代であれば共に相手を "anh" と呼び、自分を "em" と呼ぶこともありますし、インタビューで年下のインタビュアーが自らを "cháu" と呼び、それに対し歌手の側はインタビュアーを "cô" と呼んだ例もあり、上のパターン分けにとどまらない組みあわせも実際には多く見られます。しかし、それらの特別な例も上の基準をもとにして使われているので、この基準を把握しておけば混乱せずに済むでしょう。
 
■ 三人称(単数形)
 三人称は基本的に二人称に "ấy" をつけるだけです。ただ、明らかに「彼」「彼女」といった第三者を話題にしていると分かっているときは、この "ấy" が省略されて二人称と同じ形になることもあります。つまり三人称にも年齢によって単語の使い分けがあるのですが、一人称・二人称に比べるとその数は少なくて済みます。主なものは次の通りです。
 
 
anh ấy
若い男性の場合。
 
chị ấy
若い女性の場合。
 
cô ấy
若い女性の場合。 "chị ấy" よりももう少し年齢が上というニュアンスが出る。
 
ông ấy
年配の男性の場合。
 
bà ấy
年配の女性の場合。
 
■ 敬称としての用法
 名前の前に人称詞を置くことで、「田中さん」の「さん」のような敬称として用いることができます。人称詞のとき同様年齢による使いわけがありますが、二人称(単数形)に準じます。
 注意しなければならないのは、ベトナム人には、「さん」は苗字にではなく、名前に対してつけるということです。たとえば、フルネームが「グエン・ティ・トゥイー」であれば、「グエンさん」ではなく、「トゥイーさん」としなければなりません。ホー・チ・ミンを親しみをこめて "Bác Hồ(ホーおじさん)" と呼びますが、これはあくまでも特殊な例です。
 一方、外国人は必ずしもこの原則に当てはまっていなくとも構いません。
 
 
anh Tanaka
田中さん(若い男性)
 
anh Tuấn
トゥアンさん(若い男性)
 
ông Tuấn
トゥアンさん(年配の男性)
 
cô Thuỷ
トゥイーさん(若い女性)
 
bà Thuỷ
トゥイーさん(年配の女性)