東京外国語大学言語モジュール

Step1 : 所有・欠如の派生接辞と関連表現

所有と欠如の派生接辞
 
  モンゴル語には、名詞類に接続して、それを所有している状態と欠如した状態を表す形容詞を作る派生接辞があります。
 
  所有と欠如を表す形容詞を作る派生接辞の形は次のとおりです。→【発音と正書法上の注意】
 
所有
~を持った・~のある
-тай
欠如
~を持たない・~のない
-гүй
 
  欠如を表す派生接辞は母音調和を行なわず、すべての語幹にそのまま接続します。
 
  これらは、それぞれ共同格と欠如格の語尾と同じ形をしていますが、格の形が述語に対する関係を示すのに対し、この派生接辞は別の名詞の修飾成分となる形容詞を作ることに注意してください。
 
  この派生接辞は、任意の名詞類に自由に接続して形容詞を作ることができます。
 
      цонхтой байшин  窓のある建物
      махтай хоол  肉のある料理(=肉料理)
      чадваргүй хүн  能力のない人
      машингүй компани  自動車のない会社
 
  複合語や名詞句にもこの派生接辞を付けることができます。この場合、派生接辞は最後の語にだけ接続します。
 
      том цонхтой байшин  大きな窓のある建物
      хонины махтай хоол  羊肉のある料理(=羊肉を使った料理)
      хэлний чадваргүй хүн  語学力のない人
      ачааны машингүй компани  トラックのない会社
所有構文
 
  モンゴル語には「持つ」という意味を単独で表す動詞が存在せず、次のような構文を使って所有の意味を表現します。そのような動詞がないことは、モンゴル語が属するモンゴル諸語を含むアルタイ諸言語に見られる特徴とされています。
 
      所有している場合
      【所有者:主格】  【所有する人・もの-тай.
 
       所有していない場合
      【所有者:主格】  【所有する人・もの-гүй】.

 

  このように、所有構文は、所有者を表す主格形の名詞と、このステップで学習した派生接辞によって作られた形容詞を述語の補語とするコピュラ文の形になります。したがって、ほかのコピュラ文と同じように、テンスによっては補助動詞が出てくる場合があります。

 
  所有構文は、身体・物体の部分やその人・ものの属性、親族など所有者から切り離せないものから、後天的に手に入れた財物など切り離せるものまで、基本的にはすべての人・ものに対して所有の意味で使うことができます。以下の例では、モンゴル語のほうがすべて同じ構文であるところ、日本語訳は所有する人・ものの性質によってさまざまな構文になっていることに注目してください。
 
      Дорж хар нүдтэйドルジは黒い目をしています
      Манай багш хатуу зантайうちの先生は厳しい性格をしています。 
      Манай өвөө шүдгүйうちのおじいさんには歯がありません
      Миний гар утас тооны машинтай私の携帯電話には電卓が付いています
      Би хоёр эгчтэй.  私にはふたりの姉がいます
      Манайх угаалгын машинтай.  うちには洗濯機があります
      Болдынх хувийн байшинтайボルドのところは一戸建ての家を所有しています
存在構文
 
  モンゴル語には、「…に~がある/いる」という存在の意味を表す次の4つの基本構文があります。
 
      ある場合
 
      未知・一時的
      【存在する場所与位格  【存在する人・もの:主格  байна.
      既知・恒常的
      【存在する場所与位格  【存在する人・もの:主格  бий.
     
 
      ない場合
 
      未知・一時的
      【存在する場所与位格  【存在する人・もの:主  алга.
      既知・恒常的
      【存在する場所与位格  【存在する人・もの:主格  байхгүй.
 
  未知・一時的の系列は、話し手の調査や判断の結果その有無が判明した場合や、一時的に存在したり不在だったりした場合など、その人・ものの有無が新しい情報であるときに使うのが原則です。
  一方、既知・恒常的の系列は、話し手があるかないかを初めから知っている場合や、恒常的に存在したり不在だったりした場合など、その人・ものの有無が既知の情報であるときに使うのが原則です。
 
  述語の形をここで整理しておきましょう。
 
 
ある場合
ない場合
未知・一時的
байна
алга
既知・恒常的
бий
байхгүй
 
      Шинэ зочид буудалд энэтхэг ресторан байна уу?  新しいホテルにインド料理店がありますか?(未知)
      Өнөөдрийн хүлээн авалтанд төрөл бүрийн сайхан хоол байна.  今日のレセプションには各種のすばらしい料理があります。(一時的)
      Гэрийн түлхүүр цүнхэнд алга уу?  家の鍵はかばんの中にはありませんか?(未知)
      Надад одоохондоо ажил хийх сонирхол алга.  私には今のところは働く気はありません。(一時的)
      Танай сургуульд вассень бий юү?  おたくの学校にはプールがありますか?(既知・恒常的)
      Японд зэрлэг амьтан бараг байхгүй日本には野生動物はほとんどいません。(既知・恒常的)
 
 
  ただし、この使い分けはあくまでも原則であり、実際の発話では微妙な面も少なくありません。
所有構文と存在構文の相互乗り入れ
 
  ふたつの構文は、典型的な例を見るかぎりでは一見問題がないようですが、日本語でも、所有の一部と存在が「…に~がある」という同じ構文で表されるように、所有の表現と存在の表現とは一般に連続する面があります。モンゴル語では、次のような形で所有構文と存在構文の相互乗り入れが見られます。
 
  所有構文には恒常的な所有というニュアンスがありますので、一時的に所有している場合は所有構文が使われにくくなり、「未知・一時的」の存在構文が同じ意味を表します。
 
      Дулмаад сая төгрөг байна.  ドルマーは(一時的に)100万トグログを持っています。
      Дулмаа сая төгрөгтэй.  (一時的に持っているという意味では×)
 
  「既知・恒常的」の存在構文は、所有者を「存在する場所」とすることで所有の意味を表すことができます。ただし、「目」や「手」、「足」など所有者から切り離せない身体の部分や人の性格などが所有物となっている場合は存在構文では表わすことができません。
 
      Доржид хар нүд бий(×)
      Манай багшид хатуу зан бий(×)(この構文を使うと『普段はやさしいのだが実は厳しい一面もある』というニュアンスになる) 
      Манай өвөөд шүд байхгүйうちのおじいさんには歯がありません。
      Миний гар утсанд тооны машин бий私の携帯電話には電卓が付いています。
      Надад хоёр эгч бий.  私にはふたりの姉がいます。
      Манайд угаалгын машин бий.  うちには洗濯機があります。
      Болдынд хувийн байшин бийボルドのところは一戸建ての家を所有しています。
 
  これとは逆に、存在する場所を所有者、存在する人・ものを所有する人・ものとする所有構文で存在の意味を表すこともできます。
 
      Монгол олон малтай.  モンゴルには多くの家畜がいます。
      Танай сургууль вассеньтэй юу?  おたくの学校にはプールがありますか?
 
  ただし、さきに述べたように、所有構文には恒常的なニュアンスがありますので、一時的に存在している人・ものは「未知・一時的」の存在構文でしか表現できません。
 
      Том өрөөнд аав ээж байна.  居間に両親がいます。
      Том өрөө аав ээжтэй.  (×)
 
  次の例は一見、一時的に人が存在しているようですが、上の説明に反して所有構文を使うのがふつうです。
 
      Нолийн өрөө одоо хүнтэй юу?  トイレに人がいますか?
 
  このような形式を集めてみると、所有者となっているは、「トイレ」や「会議室」、「(ホテルの)客室」など、使用中か空室かという情報がその場所の機能と直接関連する名詞であることがわかります。したがって、この例は、хүнтэй という形が、хоосон 「空室の」などの形容詞と対応する形で、その部屋の状態を表す独立した形容詞として使われているものであり、хүн 「人」に派生接辞 -тэй を付けて自由に作られた所有構文とは別のものなのだと考えられます。
【発音と正書法上の注意】
 
  所有を表す形容詞を作る派生接辞 -тай に含まれる二重母音は母音調和によって変化し、綴りのうえでもこれを反映させますが、女性母音 ө の系列の二重母音は、өй ではなく эй と書くよう特別に正書法で定められています。したがって、この派生接辞は、発音としては母音調和による4種類が存在するのですが、綴りとしては、-тай-той-тэй の3種類しかないということになります。
 
     語幹 нөхөр 「夫」 :-тэй нөхөртэй  
     語幹 өр 「債務」-тэй өртэй