東京外国語大学言語モジュール

Step2 : ヴォイス(2) 受動

モンゴル語の受動ヴォイスの基本的特徴
 
  他動詞文の動作の対象となるものを主語に置き、実際の動作主を別の格などで表すヴォイスの形式を受動受身)と呼びます。
  ところで、「開ける」という他動詞から作られる「窓が開けられる」という受動文は、もともと、「窓が開く」という自動詞文と共通する面を持っています。これによって、日本語では、ある一定の条件に基づく「開けられる」と「開く」の使い分けが行なわれるわけです。
  一方、モンゴル語の場合、他動詞から作られる典型的な受動と自動詞との間にはっきりとした境界線がありません。つまり、ある他動詞から作られる「受動の形」が「その他動詞の受動」を表す場合と、「その他動詞に対応する自動詞」を作る場合とを明確に分けることができないのです。
  もうひとつ重要なのは、他動詞から作られる典型的な受動の場合に、「受動の形」ではなく、前のステップで見た使役形を流用するという現象が見られることです。これは、モンゴル語の受動ヴォイスの大きな特徴といえます。
  以上のことをまとめると次のようになります。
 
 
使役形の流用
他動詞
受動
 
自動詞
 
  ① 他動詞の受動を表す機能
  ② 他動詞を自動詞に変える機能
受動ヴォイスの形式と機能
 
  受動ヴォイスは次の補助語幹によって表されます。ここでは、これらの補助語幹が接続した形を受動形と呼んでおくことにします。→【発音と正書法上の注意】
 
      【語幹-гд-
      【語幹-д-】 (子音字 л などで終わる一部の語幹に)
 
  下段の補助語幹をとる動詞は現代語では個別に覚えたほうが便利ですが、数は多くありません。
 
     語幹 ол- 「得る」 → олд- 
      語幹 таал- 「評価する」 → таалагд-
 
  ав- は特別に авт- または автагд- という形になります。
 
 
  この補助語幹が他動詞に付いた形は、その他動詞の受動を表すか、対応する自動詞を形成します。このとき、両者は、構文のうえで別の形をとることでゆるやかに区別されますが、あくまでも連続しているということに注意が必要です。
 

典型的な受動構文

 

 まず、他動詞の典型的な受動を表す構文は次のようになります。このタイプでは、動作の主体と動作を受ける主体を転換した他動詞文に戻すことが可能です。

 
      【動作を受ける主体:主格】  【動作の主体:与位格】  【受動形】
 
なお、以下の例では、本来は不定格や再帰語尾をとる直接目的語も、表示の便宜上すべて対格で示します。

 

      төмөр зэвэнд идэгд-  鉄がサビに浸食される

   ← зэв төмрийг ид-  サビが鉄を浸食する(他動詞文)

   хулгайч цагдаад баривчлагд-  泥棒が警官に逮捕される

   ← цагдаа хулгайчийг баривчил-  警官が泥棒を逮捕する(他動詞文)

 

 このような構文のうち、動詞が具体的な行為や動作を表していて、かつ、受動の構文の主語にその行為や動作の影響が及んでいる場合は、述語動詞の部分には、本来置かれるべき受動形に代わって使役形が「流用」されることがあり、現在ではむしろ、そのほうが自然な言い方だと考える話者も少なくありません。ただし、これはあくまでも流用であって、受動ヴォイスであることに変わりはなく、本来の使役の構文とは格関係が異なりますから注意してください。

 

      төмөр   зэвэнд идүүл-  鉄がさびに侵食される

      төмөр зэвээр идүүл-  (×)「鉄がさびに浸食される」

   хулгайч цагдаад баривчлуул-  泥棒が警官に逮捕される

   хулгайч цагдаагаар баривчлуул-  (?)「泥棒が警官に逮捕される」

      оюутан багшид загнуул-  学生が先生に叱られる

      оюутан багшаар загнуул-  (?)学生が先生に叱られる

 

 他方、受動の構文の主語に動詞の行為や動作の影響が及んでいるとは言えず、動詞の部分が単に主語の状態を表しているような場合は、使役形を流用することはできず、本来の受動形を使う必要があります。

   давс шөлөнд агуулагд-  塩がスープに含まれる

     ← шөл давсыг агуул-  スープが塩を含む

   давс шөлөнд агуулуул-  (×)

    тэр дуучин олон хүнд танигд-  その歌手が多くの人に認知されている

     ← олон хүн тэр дуучныг тань-  多くの人がその歌手を認知している

       тэр дуучин олон хүнд таниул-  (×)

       Монгол хоёр том гүрэнд хавчигд-  モンゴルが二大国に挟まれる

      ← хоёр том гүрэн   Монголыг хавч-  二大国がモンゴルを挟む

       Монгол хоёр том гүрэнд хавчуул-  (×)

 

 

「持ち主の受け身」

  

 上のように、「動作の主体」と「動作を受ける主体」を転換するのが典型的な受動の構文ですが、日本語では、受動構文を作る際に、元の他動詞文の直接目的語を「動作を受ける主体」と「その一部分」に分割し、前者を主語、後者を直接目的語のまま残すタイプの構文(持ち主の受け身)があり、むしろ日本語ではそちらのほうが自然な言い方になります。

 

   ツッコミが〔ボケの頭を〕はたく(元の他動詞文)

    →〔ボケが〕ツッコミに〔頭を〕はたかれる

        (「ボケの頭」を「ボケ」と「頭」に分割し、「頭」だけを直接目的語のまま残した形)

    ↔〔ボケの頭が〕ツッコミにはたかれる(普通の受動構文=直接目的語なし)

 

 このような構文はモンゴル語でも作ることができますが、モンゴル語の場合は、日本語とは違って動詞の部分に受動形を使うことができず、もっぱら使役形の流用が行われます。もはや直接目的語をとることができない受動形よりも、流用しても他動詞の性質をそのまま維持している使役形のほうが辻褄が合っているからだと推測されますが、このあたりの制約は、モンゴル語のほうが日本語よりも厳密であると言えます。

 

   шүүмжлэгч тэр зураачийн бүтээлийг сайшаа-  評論家が〔その画家の作品を〕褒める(元の他動詞文)

      → тэр зураач шүүмжлэгчид бүтээлийг сайшаалга-  〔その画家が〕評論家に〔作品を〕褒められる

        (「その画家の作品」を「その画家」と「作品」に分割し、「作品」だけを直接目的語として残した形)

      → тэр зураач шүүмжлэгчид бүтээлийг сайшаагд-  (×)

      → тэр зураачийн бүтээл шүүмжлэгчид сайшаагд-  その画家の作品が評論家に褒められる

      → тэр зураачийн бүтээл шүүмжлэгчид сайшаалга-  同(使役形の流用)

 

 日本語の発想法では、「その作家の作品」という「物」よりも「その作家」という「人」を主語にすることが好まれると言えますが、モンゴル語の発想法でどちらの構文がより好まれるのかについては今後の詳しい研究が望まれます。

 

動作の主体を言い表さないもの

 

  自動詞的な用法に近づく次の段階として、動作の主体は現実には存在するものの、ことばとしては言い表さないというパターンがあります。この構文から先では使役形の流用はなく、本来の受動形が述語となります。

 
      【動作を受ける主体:主格  【受動形】
 
     шинэ сууц баригд新しいマンションが建てられる
      шинэ сууц бариул(受動の意味では×)
      хоригдол суллагд受刑者が釈放される
      БНМАУ байгуулагдモンゴル人民共和国が樹立される  
      арга хэмжээ зохион байгуулагдイベントが実施される
      мөнгө үрэгдお金が使われる
      толь бичиг хэвлэгд辞書が出版される
      цонх нээгд窓が開けられる
 

事実上自動詞として使われるが受動構文の名残を残すもの

 

  次に、動詞の語彙的な意味としてはすでに事実上の自動詞となっているのに対し、構文の面からは、本来動作の主体だった部分を表そうとすると依然として与位格で出てくる一連の動詞があります。

  このような過渡的な構文をとるのは知覚や認識を表す動詞に多いのですが、そのほかの動詞でも見られることがあります。
 
      【元々の動作を受ける主体:主格  【元々の動作の主体与位格  【受動形(事実上の自動詞)】
 
      хар-  見る
      → харагд-  見える(事実上の自動詞←他動詞『見る』の受動『見られる』から発展)
      уул харагд-  山が見える
      уул надад харагд-  山が私に見える
 
      сонс-  聞く
      → сонсогд聞こえる(事実上の自動詞←他動詞『聞く』の受動『聞かれる』から発展)
      хөгжим сонсогд音楽が聞こえる
      хөгжим надад сонсогд音楽が私に聞こえる
 
      таал-  気に入る
      → таалагд-  好みに合う(事実上の自動詞←他動詞『気に入る』の受動『気に入られる』から発展)
      бэлэг таалагдプレゼントが好みに合う
      бэлэг надад таалагд-  プレゼントが私にとって好みに合う
 
      сана-  思う
      → санагд-  思われる(事実上の自動詞←他動詞『思う』の受動『思われる』から発展)
      кино сайхан санагд映画がすばらしく思われる
      кино надад сайхан санагд映画が私にとってすばらしく思われる
 
      ял-  負かす
      → ялагд-  負ける(事実上の自動詞←他動詞『負かす』の受動『負かされる』から発展)
      сөрөг хүчин   ялагд野党が負ける
      сөрөг хүчин   эрх баригч намд ялагд野党が与党に負ける
 
      ол-  入手する
      → олд-  見つかる(事実上の自動詞←他動詞『入手する』の受動『入手される』から発展)
      нөгөө ном   олд例の本が見つかる
      нөгөө ном   надад олд例の本が私に見つかる
 
 

もっぱら自動詞として使われるもの

 

 最後に、受動の意味がすっかり薄れ、もっぱら自発的な意味を持つ自動詞として使われるパターンがあります。この場合は、形式の上でも、もはや受動の構文は使えなくなります。
 

      нуу-  隠す

        → нуугд-  隠れる(自動詞←他動詞『隠す』の受動『隠される』から発展)

      хулгана нүхэн дотор нуугд- ネズミが穴の中に隠れる

      үз-  見る

        → үзэгдいる(自動詞←他動詞『見る』の受動『見られる』から発展)

      Бааст сургууль дээр үзэгдバーストが学校にいる

 
「事実上の自動詞」の使役
 
  前の項で見た方法によって他動詞から作られた「事実上の自動詞」のうち、新たな語彙的意味が定着したものは、ひとつの自動詞として使役ヴォイスの構文に繰り入れることができる場合があります。この場合、元の他動詞に受動の補助語幹と使役の補助語幹のふたつが接続している形に見えますので、混乱しないようにしてください。
  このような場合、自動詞の使役と同じ機序が働く結果、結局は再び他動詞的になることが少なくありません。
 
      сана-  感じる(最初の他動詞)
      санагд-  感じられる(事実上の自動詞←最初の他動詞の受身)
      → санагдуул感じさせる(他動詞的←事実上の自動詞の使役)
 
      хар-  見る(最初の他動詞
      харагд-  見える(事実上の自動詞←最初の他動詞の受身)
      харагдуул-  見えさせる(他動詞的←事実上の自動詞の使役)
【発音と正書法上の注意】
 
  補助語幹 д- が接続するとき、語幹の種類によっては次の調整が必要です。
 
  子音字で終わる場合は、補助語幹の直前に必ず短母音字を挟みます。
 
     語幹 нэм- 「加える」+-гд- нэмэгд-
     語幹 бод- 「考える」+-гд- бодогд-
 
  ь で終わる語幹の場合は、語幹末の ь и に変えます。
 
     語幹 тань- 「認識する-гд- танигд-
     語幹 соль- 「換える」-гд- солигд-