東京外国語大学言語モジュール

Step3 : 人称関係助詞

人称関係の情報
 
  モンゴル語の文の中にある名詞類は、再帰語尾を接続することによって、「主語と関係がある」または「主語と関係がない」のどちらであるかを必ず表す必要があることを学習しました。すなわち、再帰語尾を接続すれば「主語と関係がある」、何も接続しなければ「主語と関係がない」ことを示していることになります。
 
  一方、モンゴル語には、ある名詞類が再帰語尾を接続していない場合、すなわち、少なくとも主語とは関係がない場合に、「主語以外の何と関係があるか」という情報をことばの上で示す形があります。このとき、「何と関係があるか」という関係先は、「関係のあるものが属する人称」を単位とし、「~人称の人/事物と関係のある…」という形で示されます。人称関係の表示は、単にその人称の誰か/何かと「関係がある」ことだけですから、さまざまなつながりを表すことができる人称代名詞の属格とはあくまでも別の機能であることに注意してください。
 
  「主語以外の何と関係があるか」という情報は、格や再帰とは違って必ず示さなければならないものではありませんが、実際にはきわめてよく使われ、この助詞をうまく使いこなすことで生きたモンゴル語らしい表現になります。
人称関係を表す形
 
  「主語以外の何と関係があるか」という情報は、このモジュールで人称関係助詞と呼ぶ助詞によって表されます。人称関係助詞は、文法書によって「所有接尾辞」・「人称関係小辞」・「所属小辞」などさまざな名称が与えられています。
 
  人称関係助詞は次のとおりです。これらはいずれも、文中の名詞類の形のもっとも最後に置かれ、綴りの上では切り離して書きます。ただし、音声的には、名詞類に付けてその一部として発音されます。→【発音と正書法上の注意】
 
 
単数
複数
1人称
минь
маань
2人称
чинь
 
тань
3人称
нь
 
  2人称単数のふたつの形は、чиньчи に、таньта 及び複数に対応する形ですが、後者はあまり用いられません。また、3人称には単数・複数の区別はありません。
人称関係助詞の使い方
 
  人称関係助詞が置かれた語は、「その人称に属する人や事物と関係があること」を表します。
 
      Нохой минь иржээ.  (1人称単数と関係がある)犬が来ました。=「犬」は1人称単数すなわち話し手に関係があるもの
      Би түүнийг багшаас чинь асуулаа.  私はそれを(2人称単数と関係がある)先生に質問しました。=「先生」は чи で呼ばれる聞き手に関係がある人物
      Та нар машинаар нь явах уу?  あなたたちは(3人称と関係がある)自動車で行きますか?=「自動車」は3人称に関係があるもの
 
  この助詞は、あくまでも関係先を示すものであり、属格のような所有先や所属先を示すものではないことに注意が必要です。たとえば、次の例では、「おばあさん」には3人称・単数の代名詞属格が付いているので、所属先は3人称ですが、関係先は2人称になっています。
 
      Тэрний эмээ чинь нас барлаа.  彼の(2人称単数と関係がある)おばあさんは亡くなりました。=「おばあさん」は3人称の誰かに所属する人物だが、чи で呼ばれる聞き手が関心を持って質問したなど、何らかの形で関係がある人物
 
  もっとも、所属先・所有先を表すことがこの語尾の目的ではないというだけで、実際には関係先と所有者が一致することはありえます。たとえば、さきにも挙げた次の例では、この助詞では「自動車」の関係先までしか示すことができないというだけであって、実際にはその3人称の人物が「自動車」の所有者であるかも知れません。
 
      Та нар машинаар нь явах уу?  あなたたちは(3人称と関係がある)自動車で行きますか?=「自動車」は3人称に関係があるもの(それ以上のつながりは、あるかも知れないし、ないかも知れないが、この助詞だけでは表すことができない)
 
  「主語以外の何と関係があるか」を示すための形ですから、人称関係助詞が示す関係先と主語が一致するときは使えず、再帰語尾を用います。
 
      Чи түүнийг багшаас чинь асуув уу?  (×)→人称関係助詞が示す先と主語が一致しているので使えない
      Чи түүнийг багшаасаа асуув уу?  君はそれを(自分の)先生に質問しましたか?
 
  人称関係助詞は関係先の人称だけしか示すことができませんので、聞き手がそれだけで関係先を特定できるためには、人称関係助詞をとる名詞類は、それまでの文脈の中ですでに言及されたもの(これを旧情報と呼びます)でなければなりません。たとえば、上の文の「3人称のさらに別の誰か」は、それまでのやりとりを通じてお互いが了解している人物ということになります。
 
  人称関係助詞は、以上の基本用法以外にも、文の中でさまざまな機能を果たします。
 
 よく使われる用法として、人称関係助詞を使った1人称の表現があります。次の例を見てください。
 
      Ээж нь удахгүй очлоо.
 
 ээж「お母さん」という語のあとに、関係先が3人称であることを表す人称関係助詞 нь が置かれています。これを文字通りに解釈すると、「(誰か3人称の人物と関係のある)お母さんがもうすぐ到着する」という意味になりますが、モンゴル語の場合、この文を発したのがその「お母さん」自身である場合があるのです。つまり、モンゴル語では、「聞き手から見た自分の立場」を表す名詞のあとに3人称の人称関係助詞 нь を置くことで、「私(は)」という意味を表現することができます。使われる名詞の意味は、「聞き手(すなわち2人称)から見た自分の立場」ですから、論理的には、人称関係助詞は2人称のものになりそうですが、3人称の нь が置かれるという点に注意してください。
 
      【聞き手から見た自分の立場を表す名詞】 нь
 

 この用法でよく使われる名詞としては、家族・親族関係を表すもの(өвөө(おじいさん)、эмээ(おばあさん)、аав(お父さん)、ээж(お母さん)、ах(お兄さん)、эгч(お姉さん)、дүү(弟/妹)、нөхөр(夫)、эхнэр(妻)、хүү(息子)、охин(娘)など)や、社会的関係を表すもの(багш(先生)、найз(友人)、хөгшин(友人)、ах(年上の男性)、эгч(年上の女性)、дүү(年下の男女)など)がありますが、使われる名詞の範囲には個人差もあります。この言い方は、自分のことを単に1人称の代名詞 би で表現するよりも、聞き手に対する親しみがこもった表現となりますので、うまく使いこなせようになると便利です。

 

 日本語には人称関係の意味を表す直接の形がありませんので、煩雑を避けるため、これ以降のステップでは、説明上とくに必要がある場合を除いて、「(~人称と関係のある)」などの表記は行なわないことにします。

【発音と正書法上の注意】
 
● 人称関係助詞は切り離して書かれますが、音声的には続けて発音されます。この結果、минь に含まれる母音字 и ははっきりした母音 [i] ではなく、あいまい母音になります。
 
● 助詞の綴りには軟音符 ь が含まれていますが、この綴り нь は、たとえば名詞 хань に含まれる нь のような口蓋化した子音ではなく、子音 n を表します。
 
● 対格語尾のあとに置かれるとき、対格語尾の末尾の子音 g が脱落することがあり、これを綴りの上でも反映することがあります。
 
     гэрийг 「家+対格語尾」 : г脱落нь гэрий   нь  
 
  これとは逆に、長母音・二重母音で終わる語幹に接続された対格語尾のあとに ий が挿入されることもあります。
 
     хүүг 「息子+対格語尾」 : ий挿入нь хүүгий нь  
     нохойг 「犬+対格語尾」 : ий挿入чинь нохойгий чинь  
 
  属格語尾の場合も同じような脱落現象が見られ、そのとおりに書かれることがあります。
 
     гэрийн 「家+属格語尾」 : н脱落чинь гэрий   чинь 
 
● 属格語尾のあとに3人称の助詞 нь が置かれる場合、属格語尾の末尾に が挿入されることがあります。
 
     гэрийн 「家+属格語尾」 : х挿入нь гэрийнх нь