東京外国語大学言語モジュール

Step4 : 属格

属格の形
 
  以前のステップで、格とは、文中にある名詞類が「述語とどのような関係にあるか」を示す形であることと説明しました。しかし、モンゴル語の文法では、ある名詞類と別の名詞類との関係を示す語尾のひとつを、述語との関係ではないにも関わらず、格の仲間に入れることが一般的で、これを属格と呼んでいます。このモジュールでも、混乱を避けるために、そのような伝統的な分類にひとまず従うことにします。
 
  属格語尾には次の3パターンがあり、語幹によって使い分けます。→【発音と正書法上の注意】
 
      交代語幹(Н/Г)を持つものは語幹が交代したうえで;
      【語幹-ын (下記以外の語幹に)
      【語幹】 (子音字 н で終わる語幹)
      【語幹】 (二重母音で終わる語幹に) 
 
      語幹 гар 「手」 : +ын → гарын
      語幹 өдөр 「日」 : +ийн → өдрийн
      Н交代語幹 усан 「水」 : +ы → усны
      Г交代語幹 санг 「基金」 : +ийн → сангийн
      語幹 хаан 「ハーン」 : ы  хааны
      語幹 далай 「海洋」 : н → далайн
 
  Н交代語幹を持つにもかかわらず、属格の場合にだけ交代しない語があります。これは、不規則な活用としてひとつずつ覚えるほかありません。
 
      語幹 уул 「山」 (Н交代語幹 уулан ) : +ын → уулын
      語幹 хана 「壁」 (Н交代語幹 ханан ) : +ын → ханын
      語幹 асуулт 「質問」 (Н交代語幹 асуулт ) : +ын → асуултын  
      語幹 ном 「本」 (Н交代語幹 номон ) : +ын → номын  
 
  借用語が属格をとるときに、本来は持つはずのないН交代語幹が類推によって現れる場合があります。
 
      語幹 автобус 「バス」
      → 類推によるН交代語幹 автобусан +ы → автобусны
      語幹 такси 「タクシー」
      → 類推によるН交代語幹 таксин +ы → таксины
属格の意味と機能
 
  属格をとった名詞類は、別の名詞類の前に置かれることで、その名詞類との関係を表示します。
 
  後続する名詞類との関係には、主なものだけでも次のようなものがあります。ここでは、格語尾をとる名詞類を【N1】、あとの名詞類を【N2】で示します。
 
【N1+属格語尾】  【N2】
意味役割
所有
 【N1】が所有する【N2】
аавын  ном
төрийн  өмч
国家財産
所属
 【N1】に所属する【N2】
их сургуулийн  багш
эмнэлгийн  байшин
大学教師
病院建物
部分
 【N1】に含まれる【N2】
гарын  хуруу
номын  хуудас
ページ
時点
 【N1】の時点における【N2】
маргаашийн  онгоц
өчигдрийн  дугаар
明日飛行機
昨日
場所
 【N1】に存在する【N2】
 【N1】における【N2】
говийн  зэрэглээ
замын  ногоо
ゴビ蜃気楼
道端
原材料
 【N1】を作るための【N2】
талхны  гурил
パン用の小麦粉
内容
 【N1】についての【N2】
хэл зүйн  тайлбар
文法説明
必要時間
 【N1】がかりの【N2】
2 өдрийн  зам
3 сарын  ажил 
2日がかりの道のり
3ヶ月がかりの仕事
容器
 【N1】を入れる【N2】
шилний  сав
メガネケース
設立主体
 【N1】が設立した【N2】
улсын  их сургууль
大学
固有の名称
 【N1】という名称の【N2】
Алтайн  нуруу
Марксын  гудамж
アルタイ  山脈
マルクス  通り
直接目的
 【N1】を対象とする【N2】
сүүний  худалдагч
牛乳売り子
動作主
 【N1】による【N2】
Лениний  сургаал
レーニン教え
 
  必要時間を表す例の「2日」・「3ヶ月」という言い方についてはあとのステップで改めて学習します。
 
  このように、モンゴル語の属格形は日本語の「~の」に近いものが多いのですが、次のような「~の」の用法はモンゴル語の属格にはなく、まったく別の方法で表現します。
 
      【N2】の原材料+の  :  レンガ家    ビニール袋    ガラス容器
      数量詞+の  :  3冊本    7人侍    たくさんりんご
      格をとった名詞句+の  :  サマルカンドまで切符    カナダから手紙    モンゴル語について
      副詞+の  :  あいにく雨    せっかく海外旅行    まったくウソ
      同格  :  モンゴル人留学生    大学院生山田さん  
      倒置された同格  :  イワン馬鹿    おかあさんうそつき
 
  これとは逆に、モンゴル語の属格にある設立主体を表す用法や固有の名称を指す用法は日本語の話者には発想しにくいので注意しましょう。
代名詞の属格形
 
  これまでに学習した指示代名詞・人称代名詞の多くは、属格語尾を接続するときに語幹の形が変わります。これには、н交代語幹が現れる場合と、まったく別の語幹に変わる場合とがあります。
 
 
  語幹が交代しないものを含め、これまでに学んだ代名詞の属格形は次のとおりです。なお、疑問代名詞のうち、альямархэд の3つは疑問形容詞としての用法がありますので、属格の意味を表すための属格形はありません。
 
語幹=主格形
属格のときの
交代語幹
属格形
 
энэ
үүн
үүний
энэн
энэний
тэр
түүн
 түүний
тэрэн
тэрний
эдгээр
同じ
эдгээрийн
тэдгээр
同じ
тэдгээрийн
би
мин
миний
бид
бидэн
бидний
包括形
 
манай
排除形
чи
чин
чиний
 
та
тан
таны
 
танай
эд
эдэн
эдний
тэд
тэдэн
тэдний
нар
同じ
нарын
юу
юун
юуны
хэн
同じ
хэний
包括形と排除形
 
  代名詞 бид には、包括形排除形と呼ばれるふたつの属格形があります。
 
  包括形の бидний は、話し手と聞き手を包括して「我々の」と言うときに使います。
 
      бидний байр  話し手と聞き手がともに住んでいるアパートを指す
 
  一方、排除形の манай は、話し手が聞き手を含まずに「我々の」と言うときに使います。日本語の「私どもの」や「ウチの」に近い意味です。
 
      манай байр  話し手だけに関係があるアパートを指す
 
  包括形と排除形の区別は、昔のモンゴル語では主格にもあったと考えられていますが、現代語では属格形にだけその名残があるものです。
 
  排除形の манай には、「聞き手を含まない我々の」という本来の意味以外に、家族のメンバーを表す名詞に付けることで、その人が家族という集団の一員であることを表す用法や、所属先や友人の名前などに付けることで、話し手がそのものに親しみを感じていることを表現する用法があります。
 
      манай эхнэр  「妻」が話し手の家族という集団の一員であることを表す
      манай Мөгий  「ムギー」が話し手にとって親しい仲であることを強調する
      манай Монгол  「モンゴル」が話し手にとって親しい母国であることを強調する
 
  家族のメンバーを表す名詞は、論理的には би という1人称・単数の人称代名詞に属するという意味で миний をつけてもよいのですが、モンゴル語では、1人称・複数の排除形を使うことが少なくありません。これは、現代モンゴル語の待遇表現のひとつと考えられます。
属格形だけで使われる代名詞
 
  танай は、1人称・複数の排除形 манай のニュアンスをそっくりそのまま2人称に移しかえた形で、「聞き手が1人称で述べたら манай を使う場合」に用いられます。日本語では「おたくの」や「そちらの」に近い意味と言えます。大変よく使われる形ですので、早いうちにそのニュアンスをつかむようにしましょう。
 
      танай нөхөр  「夫」が聞き手の家族という集団の一員であることを表す
      танай байгууллага  「機関」が聞き手の領域にあるものであることを強調する
      танай Монгол  「モンゴル」が聞き手にとって親しい母国であることを強調する
 
  家族のメンバーを表す名詞には、1人称の場合と同じ理由で танычиний を使用しないことが少なくありません。
【発音と正書法上の注意】
 
● 語尾 -ын には -ийн という綴りのバリエーションがあり、書き分け方が以下のように定められています。
 
語幹
語尾の綴り
女性語
-ийн
男性語
右以外
 末尾が жчшгк ・иь
-ын
-ийн
 
  短母音字で終わる語幹にこれらの語尾が接続するとき、末尾の短母音字は脱落します。また、語幹末の и と ь も同じように脱落します。
  長母音で終わる語幹の場合は、子音 g がつなぎとして現れますので、語尾の綴りを選択するときには子音字 г で終わっている語幹と見なします。
  以下に -ын-ийн の書き分けのすべてのパターンを示します。
 
     女性語
     語幹 гэр 「家」 : ийн → гэрийн
     語幹 шөнө 「夜」 : ө脱落ийн  шөнийн
 
     男性語
     語幹 гар 「手」 : +ын → гарын
     語幹 хана 「壁」 : а脱落ын  ханын
     語幹 Дорж 「人名・ドルジ」 : ийн → Доржийн
     語幹 сурагч 「生徒」 : ийн → сурагчийн
     語幹 маргааш 「明日」 : ийн → маргаашийн
     語幹 нутаг 「地元」 : ийн → нутгийн
     Г交代語幹 байшинг 「建物」 : ийн → байшингийн
     語幹 дараа 「次」 : г挿入-ийн дараагийн
     語幹 католик 「カトリック」 : ийн → католикийн
     語幹 анги 「クラス・教室」 : и脱落ийн  ангийн
     語幹 сургууль 「学校」 : ь脱落ийн  сургуулийн
 
● 語尾 には -ий という綴りのバリエーションがあり、書き分け方が以下のように定められています。
 
語幹
語尾の綴り
女性語
-ий
男性語
 
     女性語
     語幹 хүн 「人」 : ий → хүний
     н交代語幹 ширээн 「机」 : ий  ширээний
 
     男性語
     語幹 оюутан 「学生」 : +ы → оюутны
     н交代語幹 морин 「乗用馬」 : ы  морины
 
 
  属格語尾は、対格語尾と同様に綴りの書き分けが非常に複雑ですが、モンゴル語ではきわめてよく使う形ですので、さまざまな語幹に接続する練習を何度も行なって覚えてしまうほかありません。
  なお、属格語尾は母音で始まる語尾ですから、子音字で終わる語幹にこれを接続するときには、正書法一般のいわゆる脱落母音の規則とその例外にも十分注意してください。