モンゴル語の話法と引用節
モンゴル語では、次のような動詞が引用節をとります。
伝達や働きかけに関するもの
хэл- 言う ярь- 話す бич- 書く дууд- 呼びかける заа- 指示する гуй- 頼む асуу- たずねる тушаа- 命令する загина- 叱る шаард- 要求する など
思考や認識に関するもの
бод- 考える・思う санагд- 感じる хүс- 希望する ойлго- 理解する сонс- 聞く дуул- 耳にする нэрлэ- 名付ける дууд- 呼ぶ(名付けるの意で) тодорхойл- 定義する унш- 読む など
モンゴル語の引用節には、引用部分をそのまま取り込んだ直接引用節と、何らかの文法的な手続きを経たうえで取り込んだ間接引用節とがあり、それぞれ、直接話法・間接話法によって節が作られます。
モンゴル語の場合、英語のように話法によって文の構造がまったく異なってくるということはありませんが、間接話法の場合には一定の文法的な処理が必要になります。
直接話法
モンゴル語の直接話法は次の形式で表されます。
【引用する文】 гэж 【主文の述語動詞】
ここでいう「引用する文」が直接引用節ということになります。
このとき、表記のうえでは、引用部分をクォーテーションマーク “ ” や括弧 《 》 で囲んで示すとともに、節の初めの語を大文字で書き始めます。節の最後のピリオドは書く場合と書かない場合とがありますが、疑問符(?)や感嘆符(!)は必要であれば表記します。
直接引用節を導く гэж は、その前の部分が引用であることを示すためだけに置かれる標識(引用標識)で、日本語の「~と」に相当します。
Багш бид нарт "Хичээлээ сайн давт" гэж хэлэв. 先生は私たちに「ちゃんと復習しなさい」と言いました。
Сүрэн надаас "Чи хэзээ сургуулиа төгсөх вэ?" гэж асуусан. スレンは私に「君はいつ学校を卒業しますか」とたずねました。
小説などのテクストでは、直接引用節を囲む括弧の代わりに、次のようなダッシュで直接話法を表わすこともあります。ただし、これは純粋に表記の問題で、文法的な処理は括弧で囲む場合とまったく同じです。
Ээж хүүдээ
― Одоо чи унт гэж хэлэв.
お母さんは息子に「お前はもう寝なさい」と言った。
直接引用節は、形式上、複数の文からなることもあります。
Багш бид нарт "Хичээлээ сайн давт. Тэгвэл онц сайн сурах болно" гэж хэлэв. 先生は私たちに「ちゃんと復習しなさい。そうすれば優秀な成績をとることができる」と言いました。
間接話法
モンゴル語の間接話法は、гэж という引用標識で節を導く点で直接引用節と同じ枠組みで表わされます。
【引用する文】 гэж 【主文の述語動詞】
このとき、次のように述語の部分が変化する日本語とは違い、間接引用節の述語をとくに調整する必要はありません。
横綱は「また優勝できてうれしいです」と述べました。(直接話法)
横綱はまた優勝できてうれしいと述べました。(間接話法)
一方、間接話法で表わすときに一定の処理をしなければならない点もあります。
まず、表記の面では、引用部分を囲む括弧を使用せず、最初の語も小文字で書き始めます。また、引用部分の末尾の疑問符や感嘆符は削除します。
次に、間接話法で引用部分を表現するときには、節の主語の格が変化します。このとき、節の主語と主文の主語が同一であるかどうかに注目します。
主文の主語と節の主語が同一の場合、間接引用節の主語は削除されます。
Хосчимэг "Би гэртээ харина" гэж хэлэв. ホスチメグは「私は家に帰ります」と言いました。(直接話法)
Хосчимэг гэртээ харина гэж хэлэв. ホスチメグは(自分が)家に帰ると言いました。(間接話法)
主文の主語と節の主語が異なる場合、間接引用節の主語は対格になります。このとき、不定の範疇であれば対格ではなく不定格になる点と、節の主語が主文の主語に関係ある場合に再帰語尾をとる点は、これまでに学習した連用節の原理と同じです。
Би аавдаа "Дорж удахгүй ирнэ" гэж хэллээ. 私は父に「ドルジはもうすぐ来ます」と言いました。(直接話法)
Би аавдаа Доржийг удахгүй ирнэ гэж хэллээ. 私は父にドルジがもうすぐ来ると言いました。(間接話法)
Хосбаяр "Бороо орж байна" гэж хэлэв. ホスバヤルは「雨が降っています」と言いました。(直接話法)
Хосбаяр бороо орж байна гэж хэлэв. ホスバヤルは雨が降っていると言いました。(間接話法)
言うまでもないことですが、間接話法にしたときに対格で登場する節の主語は、実際の論理的な動作主であって、直接話法のときとは人称が異なる場合もあります。
Багш "Чи хэзээ төгсөх вэ?" гэж асуув. 先生は「君はいつ卒業しますか?」とたずねました。(直接話法)
Багш намайг хэзээ төгсөх вэ гэж асуув. 先生は私がいつ卒業するかとたずねました。(間接話法)
引用部分が命令文などで主語が表にない場合は、間接引用節を作るときに、論理的に導き出される実際の動作主を節の主語として補うことがあります。この場合も格としては対格となります。
Багш "Бушуухан гэртээ харь!" гэж загинав. 先生は「早く家に帰りなさい!」と叱りました。(直接話法)(誰を叱ったのかは文脈からしかわからない)
Багш намайг бушуухан гэртээ харь гэж загинав. 先生は早く家に帰りなさいと私を叱りました。(間接話法)(『私』を叱ったことが文脈からわかる場合)
Багш түүнийг бушуухан гэртээ харь гэж загинав. 先生は早く家に帰りなさいと彼を叱りました。(間接話法)(第三者を叱ったのが文脈からわかる場合)
直接話法のときに、実質的な節の動作主が、節の内部ではなく主文の補語の形で現れている場合も、間接話法にしたときに、間接引用節の主語として対格で登場させることがあります。
Багш надад "Бушуухан гэртээ харь!" гэж хэлэв. 先生は私に「早く家に帰りなさい!」と言いました。(直接話法)(『私』は主文の補語で節の実質的な動作主)
Багш намайг бушуухан гэртээ харь гэж хэлэв. 先生は早く家に帰りなさいと私に言いました。(間接話法)
Багш Доржоос "Хэзээ төгсөх вэ?" гэж асуув. 先生はドルジに「いつ卒業しますか?」とたずねました。(直接話法)(『ドルジ』は主文の補語で節の実質的な動作主)
Багш Доржийг хэзээ төгсөх вэ гэж асуув. 先生はドルジがいつ卒業するかとたずねました。(間接話法)
このほかにも、直接引用節の中では呼びかけの形でしか動作主が示されていない場合に、間接話法ではその実質的な動作主を節の主語として対格で登場させることがあります。
Энхжин "Тэмүүлээн, хурдан ирээч!" гэж загинав. エンフジンは「テムーレン、早く来い!」と叱りました。(直接話法)
Энхжин намайг хурдан ирээч гэж загинав. エンフジンは早く来いと私を叱りました。(間接話法)(主文の話し手=引用者自身が『テムーレン』の場合)
Энхжин Тэмүүлэнг хурдан ирээч гэж загинав. エンフジンは早く来いとテムーレンを叱りました。(間接話法)(主文の話し手=引用者と『テムーレン』が別人の場合)
引用標識の成り立ちと動詞 гэ-
引用節を導く гэж は本来、「言う」・「呼ぶ(定義するの意)」という語彙的な意味を持つ動詞 гэ- の副動詞形ですが、この動詞は、いかなる引用標識もとることなくそのまま節を受けるという特徴を持っています。まさにこのような特徴があるからこそ、この動詞は引用標識として使われるようになった(文法化)わけですが、本来の動詞としての語彙的意味も完全には失ってはいません。したがって、使われるスタイルは限られますが、この動詞自身が引用標識と主文の述語動詞を兼ねることがあります。
Хулан "Би маргааш ирнэ" гэв. ホランは「私は明日来ます」と言いました。
Тийм өвчнийг шизофрени гэнэ. そのような疾病を統合失調症と呼びます。
このように、主文の動詞に本動詞としての гэ- を使う場合、引用標識をさらにとることはありません。
Хулан "Би маргааш ирнэ" гэж гэв. (×)
Тийм өвчнийг шизофрени гэж гэнэ. (×)