与位格の形
モンゴル語には与位格と呼ばれる格があり、述語動詞に対するさまざまな関係を表します。一般に、世界の言語の文法では、場所を示す格を位格、動作の相手(間接目的語)を示す格を与格と呼びますが、モンゴル語の文法では、これらが同一の語尾を付けた形で表されることから与位格という名称が付けられているものです。
与位格語尾には次の2パターンがあり、語幹によって使い分けます。
Н交代語幹を持つものは語幹が交代したうえで;
【語幹-д】 (下記以外の語幹に)
【語幹-т】 (子音字 г・р・с で終わる語幹の多くと子音字 в で終わる語のごく一部に)
-д と -т の使い分けも、本来は昔使っていたモンゴル文字の綴りと関係がある交代だったのですが、現代のモンゴル語ではさまざまな類推が入り混じったりした結果、もはやモンゴル文字での書き分けとは一致しなくなっているほか、綴り上の書き分けと実際の発音が異なることもあります。例によって外国人の学習者としては大変困惑するわけですが、現状を取りまとめると、おおむね次のように書き分けていれば大きくは間違うことはないようです。
子音字 г と р で終わる語幹には -т を付けます。
語幹 цаг 「時間」 → цаг-т (モンゴル文字の綴り čag)
語幹 гар 「手」 → гар-т (モンゴル文字の綴り Gar)
ただし、子音字 г と р で終わっていても、モンゴル文字の綴りが母音字で終わっている一部の単音節語には -д を付けます。これは、キリル文字の正書法がモンゴル文字の綴りでの書き分けを中途半端に残したためにそのような例外が生じてしまったものですが、よく使うのは次のような少数の単語に限られますので、それらを覚えてしまったほうが便利です。
語幹 нэг 「1」(数詞) → нэг-д (モンゴル文字の綴り nige)
語幹 нэр 「名前」 → нэр-д (モンゴル文字の綴り ner-e)
語幹 сар 「月」 → сар-д (モンゴル文字の綴り sar-a)
子音字 с で終わる語幹にも基本的には -т を付けますが、улс など語幹末が子音の2連続で終わっているものには、モンゴル文字の綴りとは無関係に -д を付けます。
語幹 эцэс 「最後」 → эцэс-т (モンゴル文字の綴り ečüs)
語幹 улс 「人々・国」 → улса-д (モンゴル文字の綴り ulas)
子音字 в で終わる語幹の場合は、モンゴル文字の綴りに関係なくほとんど-д を付けますが、ごく一部の語幹にだけモンゴル文字での書き分けを反映して -т を付けることがあります。もっとも、最近ではそれらにも-д を付けてしまう場合が少なくありません。
語幹 сэдэв 「テーマ」 → сэдэв-т (モンゴル文字の綴り sedeb)
語幹 төсөв 「予算」 → төсөв-т (モンゴル文字の綴り tösüb)
語幹 тив 「大陸」 → тив-д (モンゴル文字の綴り tib)
語幹 аав 「お父さん」 → аав-д (モンゴル文字の綴り abu)
上記以外はすべて-д を付けます。
語幹 дарга 「管理職」 → дарга-д
語幹 дэлхий 「世界・地球」 → дэлхий-д
語幹 нохой 「犬」 → нохой-д
語幹 байшин 「建物」 → байшин-д
Н交代語幹 усан 「水」 → усан-д
子音字 д で終わる語の中で、モンゴル文字の綴りの末尾が子音字 d で終わるものは、モンゴル文字では語尾 -т に相当するものを付けますが、キリル文字ではすべて-д を付けます。
語幹 ард 「人々」 → арда-д (モンゴル文字の綴り arad)
語幹 хүүхэд 「子ども」 → хүүхдэ-д (モンゴル文字の綴り keüküd)
与位格の意味と機能
与位格をとった名詞類は、述語に対する次のような関係を表示し、述語の動詞の意味によって補語成分や状況語成分になります(両者の違いについては初めのステップを復習してください)。ここでは、格語尾をとる名詞類を【N】で表します。
【名詞類+与位格語尾】
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意味役割
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例 (他の補語の部分は省略)
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間接目的語
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【N】に対して
【N】のために
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оюутанд заа-
эхнэрт ав-
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学生に教える
妻のために買う
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空間的場所
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【N】という場所に/で
【N】のところに/で
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Монголд бай-
Доржид бай-
Монголд төр-
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モンゴルにある
ドルジのところにある
モンゴルで生まれる
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抽象的位置
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【N】という位置に
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ургамалд ор-
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植物に含まれる
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空間的
帰着点
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【N】という帰着点に
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Японд ир-
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日本に来る
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抽象的
帰着点
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【N】という結果に
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насанд хүр-
даргад сонго-
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成年に達する
長として選出する
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時点
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【N】という時点に
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ням гаригт бай-
ням гаригт амар-
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日曜日にある
日曜日に休む
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行為の目的
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【N】を目的として
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усанд яв-
кинонд яв-
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水をくみに行く
映画を見に行く
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行為の目的を表す意味役割は、日本語話者にはなかなか発想しにくいものですが、モンゴル語ではきわめてよく使われます。この用法の与位格を日本語にするためには、「~を…するために」・「~を…しに」というように適当な動詞を補ってやる必要があります。
代名詞の与位格形
これまでに学習した指示代名詞・人称代名詞の多くは、与位格語尾を接続するときに語幹の形が変わります。語幹が交代しないものを含め、これまでに学んだ代名詞の与位格形は次のとおりです。
語幹=主格形
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与位格のときの
交代語幹
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与位格形
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энэ
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үүн
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үүнд
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энэн
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энэнд
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тэр
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түүн
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түүнд
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тэрэн
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тэрэнд
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эдгээр
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同じ
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эдгээрт
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тэдгээр
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同じ
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тэдгээрт
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би
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над
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надад
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бид
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бидэн
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бидэнд
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чи
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чам
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чамд
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та
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тан
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танд
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эд
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эдэн
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эдэнд
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тэд
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тэдэн
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тэдэнд
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~ нар
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同じ
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~ нарт
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аль
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алин
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алинд
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ямар
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同じ
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ямарт
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хэд
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同じ
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хэдэд
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хичнээн
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使われない
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юу
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юун
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юунд
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хэн
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同じ
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хэнд
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ямарт は類推によって ямаранд という形になることがありますが、いずれも多くは使われません。
хэд は本来、Н交代語幹が現れるはずですが、Н交代語幹に与位格語尾が付いた形は日付を表す場合にだけ用いられます。詳しくは別のステップで扱いますのでここでは上の形を覚えてください。
与位格語尾の省略
与位格は与位格語尾を接続した与位格形によって表されますが、「場所」に関係のある語彙的意味を持つ名詞類が空間的場所と空間的帰着点を表す場合、与位格語尾が省略されることがあります。
よく使われるそのような名詞類としては、газар 「場所」・аймаг 「県」・сум 「ソム(行政単位)」・хот 「市」・зах 「市場」・хөдөө 「いなか」などが挙げられますが、とくに хөдөө はつねに省略されるのがふつうです。
Би өчигдөр зах гарлаа. 私は昨日市場に行きました。
Маргааш сум орох уу? 明日ソム(の中心地)に行きますか?
аймаг 「県」や сум 「ソム(行政単位)」という語は、それぞれの中心地(役場の所在地)を指す語としても用いられます。
移動を表す動詞と与位格
モンゴル語には、日本語の「行く」に相当する動詞として яв- と оч- のふたつがあります。
このうち、оч- が実際に到着したという点を述べるための動詞で、「着く」に近い意味を持ちます。一方、яв- は、実際に到着したかどうかには関心がなく、出発したという事実と、移動の過程にあるという点に焦点があり、「出発する」・「向かっている」などと訳されます。したがって、空間的帰着点を表す与位格は яв- と一緒には現れないのがふつうです。
Би өчигдөр Улаанбаатарт явлаа. (×)「私は昨日ウランバートルに行きました」
ただし、行為の目的を表している場合は、帰着点には関係がないので一緒に使うことができます。
Ээж сая усанд явлаа. お母さんはさっき水をくみに行きました。
また、яв- が1回限りの動作ではなく、反復的な動作を表す「通う」という意味で使われる場合にも与位格とともに使うことができます。
хүүхэд цэцэрлэгт яв- 子どもが幼稚園に通う
文の中には、場所を表す名詞類の格語尾がない形が、1回限りの動作を表す яв- とともに存在している場合がありますが、これは、与位格語尾が省略されたのではなく、あとのステップで見る方向格語尾が省略されているものです。
Аав Москва явав. 父はモスクワへ行った。
なお、 空間的帰着点を表す与位格が動詞 оч- と一緒に現れる場合でも、名詞によっては語尾が省略されることがあるのはさきに述べたとおりです。