東京外国語大学言語モジュール

名詞節(1)

名詞節とその種類
 
  文の中で、それ全体が名詞と同じ働きを持つ節を名詞節と呼びます。文の中の名詞は、実際にはさまざまな格をとって述語の意味を補足していますので、その点に着目して補足節と呼ばれることもあります。補足節としてその機能に言及すると煩雑になってしまいますので、ここでは、格をとる前の状態に注目して名詞節と呼んでいくことにします。
 
  モンゴル語の平叙文の名詞節には、「~するコト/ノ」という抽象的な事態そのものを表す場合と、「~するモノ」という具体的な事物を指す場合があります。このことを、日本語の名詞節と対照して示すと次のようになります。
 
日本語
モンゴル語
抽象的な事態そのものを表す場合
~コト
~ノ
名詞節
具体的な事物を表す場合
(~モノ)
 
  このように、日本語の「~するモノ」という形が名詞節ではなく「モノ」を被修飾名詞とする連体節であるのに対し、モンゴル語では名詞節の形でその両方を表すことができます。
 
  モンゴル語の名詞節には、平叙文・否定文から作られるものと質問文から作られるものとがありますが、ここでは前者について学習します。
形動詞形による名詞節
 
  平叙文・否定文からの名詞節は形動詞形によって作られます。
  ここまでのステップでは、形動詞形のうち時間的意味を表すものを学習しましたので、ここではそれらによる名詞節について見ていくことにします。
 
  すでに学習したように、時間的意味を表す形動詞形の語尾には、一対一で対応しない否定形式を含めると次の8種類がありました。
 
      【語幹-сан
 
      【語幹-х
 
      【語幹-даг
 
       【語幹-аа
 
      【語幹-сангүй
  
      【語幹-хгүй
 
      【語幹-даггүй
 
       【語幹-аагүй
  
  モンゴル語では、日本語のように形式名詞を使うこともなく、これらの形動詞形がそのまま名詞節の述語になります。
  このとき、「~するコト/ノ」という抽象的な事態そのものを表す場合と、「~するモノ」という具体的な事物を指す場合は同じ形式で表されます。つまり、形動詞形そのものに、日本語の「コト」・「ノ」・「モノ」の意味が含まれているわけです。モンゴル語の名詞節の意味が、日本語の「コト」・「ノ」・「モノ」のどれに相当するかは、文脈で判断することになります。以下の例の和訳では、便宜上、抽象的な事態そのものを表す「コト」で示しますが、文脈や内容によっては、具体的な事物を指す「モノ」に相当する場合もあります。
 
      ирсэн  来たコト
      явах  行くコト
      ярьдаг  (いつも)話すコト
      байгаа  いるコト
      оролцоогүй  参加しなかったコト
      ирсэнгүй  (来るはずだったのに)来なかったコト
      явахгүй  (未来の時点で)行かないコト
      иддэггүй  (ふだん)食べないコト
 
  形動詞形をとった動詞、すなわち名詞節の述語に必要な補語や状況語をそのまま従えることができる点も連体節の場合と同じです。
 
      өчигдөр ирсэн  昨日来たコト
      Монгол руу явах  モンゴルへ行くコト
      сайн ярьдаг  (いつも)上手に話すコト
      одоо байгаа  現在いるコト
      өчигдөр оролцоогүй  昨日参加しなかったコト
      цагтаа ирсэнгүй  時間どおりに来なかったコト
      маргааш явахгүй  明日行かないコト
      үхрийн мах иддэггүй  牛肉を(ふだん)食べないコト
文の中での名詞節
 
  モンゴル語の文の中にある実際の名詞は、格と再帰というふたつの範疇を表す形を必ず持っており、語幹のまま存在することはありません。
  このことは、名詞と同じ働きを持つ名詞節にも当てはまります。すなわち、文の中にある名詞節は、実際にはさまざまな格をとることで主文の成分として機能することになります。
  このとき、格語尾は形動詞形の語尾にそのまま接続します。また、格だけではなく後置詞をとることもあります。→【発音と正書法上の注意】
  以下、前の項と同じように和訳は「コト」によるものだけを示します。
 
      өчигдөр ирсэн    昨日来たコトが(主格)
      Монгол руу явахыг  モンゴルへ行くコトを(対格)
      сайн ярьдгаас  (いつも)上手に話すコトから(奪格)
      одоо байгаагаас  現在いるコトから(奪格)
      өчигдөр оролцоогүйгээс  昨日参加しなかったコトから(奪格)
      цагтаа ирсэнгүйг  時間どおりに来なかったコトを(対格)
      маргааш явахгүйг  明日行かないコトを(対格)
      үхрийн мах иддэггүйд  牛肉を(ふだん)食べないコトを(与位格)
 

 文の中で主格の形となっている名詞節が、文の成分としては主語である場合には、文の構造を分かりやすくするため、名詞節の直後に3人称の人称関係助詞 нь が置かれることが少なくありません。この人称関係助詞は、2人称の чинь であることもあります。

 

      Марк цуглуулах нь миний хобби.  切手を集めるコトは私の趣味です。

 
  形動詞形による名詞節が格や後置詞をとった形のうちよく使われるものは、あたかも動詞を修飾する連用節を作るための固定化した文法形式になっている場合も少なくありません。このモジュールでは、そのような固定化した形式を連用節の項でまとめて扱っていくことにします。
名詞節の主語
 
  名詞節の主語は、あとのステップで見る質問文から作られる場合を含め、次の条件によって対格・属格のいずれかの形になります。
 
  名詞節が「~するコト/ノ」という抽象的な事態そのものを表す場合は基本的に対格をとります。
 
      Чамайг ирснийг сая сонслоо.  君が来たコトをついさっき聞きました。
      Чамайг эмнэлэгт хэвтсэнийг сая сонслоо.  君が入院したコトをついさっき聞きました。
 
  一方、不定の範疇にあるものが主語である場合には主格のままにすることもできます。
 
      Бороо   орсныг сая сонслоо.  雨が降ったコトをついさっき聞きました。(不定)
 
  ただし、定の範疇であっても、文脈などから主語であることがはっきりとわかる場合には主格のままになる場合もあります。
  また、奪格形で表された主語もそのままの形に置かれます。
 
      Засгийн газраас шинэ элчин сайдыг томилсныг сая сонслоо.  内閣が新しい大使を任命したことをついさっき聞きました。
 
  一方、「~するモノ」という具体的な事物を指す場合は属格になるのが基本です。
 
      Чиний авчирсныг сая харлаа.  君が買ってきたモノをついさっき見ました。
 
  以上の使い分けはあくまでも原則であり、実際には、話し手の意識やそのときの文脈によって影響される面も少なくありません。
 
      Чиний ирснийг сая сонслоо.  君が来たコトをついさっき聞きました。
 
  また、格が重複したり別の解釈を招きやすいなど、属格も対格も不自然な場合は、最後の手段として主格のままになる場合もあります。
【発音と正書法上の注意】
 
 形動詞形語尾 による名詞節には、文の中でさまざまな語尾が接続しますが、母音で始まる語尾が接続したときでも、子音字 х の直前にいったん挿入した短母音字は発音と関係なく脱落させずに残します。
 
      явахыг  行くコトを  (実際の発音は явхыг
      очихоос  行くコトから  (実際の発音は очхоос