動詞の自他とふたつの直接目的語
動詞は、「~を」という直接目的語を必要とするかどうかによって自動詞と他動詞に分けられます。日本語で言えば、「泣く」・「行く」のように、直接目的語をとらないものが自動詞、「(~を)食べる」・「(~を)読む」のように直接目的語を必要とするものが他動詞です。ただし、自動詞と他動詞の区別は言語によっても特徴が異なりますので、この説明はあくまでも、モンゴル語を学習するために必要となる基本的な理解としてください。
モンゴル語では、述語が他動詞のとき、その直接目的語は、対格又は不定格というふたつの格のどちらかの形で表されます。
直接目的語のうち、液体など数えられない名詞の一部はあとのステップで見る奪格の形をとるなどの例外もありますが、それについては別途学習します。
対格の形
対格語尾には次の2種類の形があり、語幹によって使い分けます。→【発音と正書法上の注意】
【語幹-ыг】 (下記以外の語幹に)
【語幹-г】 (長母音・二重母音で終わる語、г交代語幹を持つ語幹に)
語幹 гар 「手」 : +ыг → гарыг
語幹 харандаа 「鉛筆」 : +г → харандааг
語幹 нохой 「犬」 : +г → нохойг
不定格の形
不定格語尾は、主格語尾と同じく目には見えない語尾(ゼロ)で、語幹に何も付けない形がそのまま不定格形となります。目に見える語尾の形がありませんので、これを単なる対格の省略と解釈する立場もあります。
【語幹-目には見えない語尾(ゼロ) 】
Энэ могой хулгана иднэ. このヘビはねずみを食べます。
このように、モンゴル語の不定格は主格とまったく同じ形になりますので、どちらが主語でどちらが直接目的語なのかは、語順や文脈から判断する必要がありますが、誤解をさけるためにできるだけ述語の近くに置かれるのがふつうです。
対格と不定格の使い分け
指示代名詞によって修飾されている語や人称代名詞、固有名詞など、何か特定のものである場合(これを定と呼びます)、直接目的語は対格形になります。修飾語によって、一般的なものではなくて個別のものであることが示されている場合も同じです。
一方、「本」・「人」・「パン」など、何か不特定の一般的なものである場合(これを不定と呼びます)、直接目的語は不定格形になります。
直接目的語に定と不定の違いがあることは、モンゴル語を使うときつねに意識する必要があります。
Би энэ номыг уншив. 私はこの本を読みました。(定)
Би ном уншив. 私は本を読みました。(不定)
ただし、次の点にも注意が必要です。
本来不定格をとるべき場合であっても、述語との間に長い句が存在するなどの理由によって、シンタクス上の関係がわかりにくい場合は、不定であっても対格語尾を付けて直接目的語であることを明示します。
Барилга барив. 建物を建てました。(不定)
Барилгыг нутгийн хүмүүс барив. 建物を地元の人々が建てました。(不定)
疑問代名詞の юу (まれに хэн も)はそのままの形で対格の意味を表すことがあります。これはあくまでも一種の省略であり、不定格とは異なります。
Чи сая юу авав? さっき何買った?(定)
対格形の直接目的語の位置
直接目的語を表す対格の成分は主語のあとに置かれるのがふつうですが、これを文頭に置くことで、日本語の主題「~は」と似たようなニュアンスを表すことがあります。このように主題が示される場合、主語が省略されることも少なくありません。
Би энэ номыг уншив. 私はこの本を読みました。(一般的な語順)
Энэ номыг уншив. この本は読みました。(主題化)
代名詞の場合
代名詞はつねに具体的なものを指しますので、直接目的語となるときは対格をとります。疑問代名詞は指し示すものが具体的にわかっていないので不定のように感じられますが、多くのものの中からひとつを特定するためにたずねているので、やはり対格をとります。
これまでに学習した指示代名詞・人称代名詞の多くは、対格語尾を接続するときに語幹の形が変わります。語幹が交代しないものを含め、これまでに学んだ代名詞の対格形は次のとおりです。
語幹=主格形
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対格のときの
交代語幹
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対格形
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энэ
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үүн
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үүнийг
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同じ
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энийг
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энэн
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энэнийг
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тэр
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түүн
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түүнийг
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同じ
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тэрийг
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тэрэн
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тэрнийг
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эдгээр
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同じ
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эдгээрийг
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тэдгээр
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同じ
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тэдгээрийг
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би
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намай
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намайг
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бид
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бидэн
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биднийг
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чи
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чамай
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чамайг
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та
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тан
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таныг
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эд
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эдэн
|
эднийг
|
тэд
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тэдэн
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тэднийг
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~ нар
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同じ
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~ нарыг
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аль
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同じ
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алийг
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ямар
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同じ
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ямрыг
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хэд
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同じ
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хэдийг
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хичнээн
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同じ
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хичнээнийг
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юу
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同じ
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юуг
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хэн
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同じ
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хэнийг
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энэ と тэр のもっとも下段の形は、ほかの格の形からの類推によるもので、主として人称代名詞としての用法のときに使われます。
【発音と正書法上の注意】
● Г交代語幹を持つ語幹に語尾 -г が接続するときには、ふつうの語幹ではなくГ交代語幹が現れます。しかし、現れたГ交代語幹の末尾の г は語尾を接続するときに脱落します。これは結局、元の語幹にそのまま語尾 -г を接続したのと同じ綴りということになります。
語幹 амгалан 「平穏」 → Г交代語幹 амгаланг : г脱落+г → амгаланг
語幹 дэн 「ランプ」 → Г交代語幹 дэнг : г脱落+г → дэнг
● 語尾 -ыг には -ийг という綴りのバリエーションがあり、書き分け方が以下のように定められています。
語幹
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語尾の綴り
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女性語
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-ийг
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男性語
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右以外
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末尾が ж・ч・ш・г・к ・и・ь
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-ыг
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-ийг
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短母音字で終わる語幹にこれらの語尾が接続するとき、末尾の短母音字は脱落します。また、語幹末の и と ь も同じように脱落します。
以下にすべてのパターンの例を示します。
女性語
語幹 гэр 「家」 : +ийг → гэрийг
語幹 мөнгө 「お金/銀」 : ө脱落+ийг → мөнгийг
男性語
語幹 гар 「手」 : +ыг → гарыг
語幹 чоно 「狼」 : о脱落+ыг → чоныг
語幹 тууж 「物語」 : +ийг → туужийг
語幹 ач 「孫/恩」 : +ийг → ачийг
語幹 маргааш 「明日」 : +ийг → маргаашийг
語幹 зураг 「絵」 : +ийг → зургийг
語幹 католик 「カトリック」 : +ийг → католикийг
語幹 салхи 「風」 : и脱落+ийг → салхийг
語幹 сургууль 「学校」 : ь脱落+ийг → сургуулийг
対格語尾は綴りの書き分けがこのように非常に複雑ですが、モンゴル語ではよく使う形ですので、さまざまな語幹に接続する練習を何度も行なって覚えてしまうほかありません。ちなみに、モンゴルの子どもたちは、このような綴り上の書き分けを機械的に習熟するまで何年もかけて叩き込まれますから、大人が正書法を間違えると、日本の大人が漢字を間違えたときのような印象を持たれてしまいます。
なお、対格語尾は母音で始まる語尾ですから、子音字で終わる語幹にこれを接続するときには、正書法一般のいわゆる脱落母音の規則とその例外にも十分注意してください。