モンゴル語のアスペクト
前にも見たように、テンス(時制)とは、話し手がその文を発したときを基準として、ことばのうえで過去・現在・未来といった時点を切り取った表現形式を指します。
一方、動作というものは、それが始まってから終わるまで一定の時間的な幅を持ち、さらにそのプロセスでさまざまに変化していくこともあります。つまり、ひとつの動作をよく見ると、開始から終了までの間にいくつかの「段階」(局面)があり、その各段階に注目したことばの表現が可能です。そのような表現のことをアスペクトの形式と呼びます。
アスペクトとテンスはともに時間的意味の表現という点では共通していますが、アスペクトが、「始まり」や「途中」、「終わりかけ」といった動作そのものの段階に注目した表現である一方、テンスは、その動作・状態を全体として見たうえで、それが起こった時点が発話の時点よりも前かあとかに注目した表現であるという大きな違いがあります。つまり、同じテンスでもアスペクトが違う場合や、同じアスペクトが違うテンスになっている場合があるなど、実際のことばの表現は、テンスとアスペクトの組み合わせによるマトリックスになっているわけです。
モンゴル語には、いくつかのアスペクト形式が存在します。このステップでは、そのうち、動作の進行と状態の継続を表すものについて学習します。
進行・継続アスペクトの形
モンゴル語には、動作の進行や状態の継続を表す進行・継続アスペクトの形式があります。
進行・継続アスペクトは、次のような複合的形式によって表されます。
【語幹-ж】 бай-
【語幹-ч】 бай-
動詞の語幹につく語尾 -ж/-ч は、あとのステップで学習する副動詞形語尾のひとつですが、ここでは、副動詞形語尾であることは意識せずにそのまま覚えてしまってください。なお、両者の使い分けは過去の終止形-жээ/-чээ の短縮形-ж/-ч と同じです。
語幹 ор- 「入る」 → ор-ж бай-
語幹 ав- 「とる」 → ав-ч бай-
бай- は本来は「ある/いる」という状態を表す本動詞ですが、モンゴル語では、このような複合的形式の一部分をなす補助動詞としてよく用いられます。
ある語幹にアスペクトの形式が接続したとしても、それはあくまでも元の語幹にアスペクトの意味が付け加わっただけであり、文の中で使うためには、終止形・希求形・形動詞形・副動詞形という必ず必要な4種類の語尾のいずれかをさらに接続しなければなりません。そのときに、新たな語幹に相当するのは、この複合形式に含まれる補助動詞 бай- ということになります。
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アスペクト形式
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文中で必ず必要な語尾
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語 幹
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-ж бай-
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+
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終止形
希求形
形動詞形
副動詞形
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アスペクトの意味
を付け加える
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さまざまなテンスなどを表す
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このように、進行・継続アスペクトの形は、語幹にアスペクトの意味を付け加えるだけであって、いわば語幹を「拡張」することしかできませんから、アスペクト形式そのものの質問形などというものはそもそも存在しません。上の図にあるように、アスペクト形式をとった語幹も、実際に文の中にあるときには、終止形など文中で必ず必要な語尾をとっているはずですので、質問文は結局、その終止形などの質問形式ということになります。
進行・継続アスペクトの意味
進行・継続アスペクトをとった動詞は、別の語尾で表される過去・現在・未来などの各時点において、語幹の表す動作または状態が進行・継続中である(であった)ことを表します。
いずれの場合も、それがどの時点なのかは、さらにあとで接続する終止形の種類によって表されます。 たとえば、これまでに学習したテンスとの組み合わせでは次のようになります。
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アスペクト形式
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テンス
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бич- 「書く」の例
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語 幹
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-ж бай-
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+
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-лаа
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過去
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бичиж байлаа 書いていた
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-жээ
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бичиж байжээ 書いていた
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-в
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бичиж байв 書いていた
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-на
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非過去
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бичиж байна 書いている
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Уншиж байна. 「読む」という動作が進行中である
Идэж байлаа. 「食べる」という動作が進行中だった
Унтаж байна. 「寝る」という動作が継続中である
Сууж байв. 「居住する」という動作が継続中だった
Асаж байна. 「点灯する」という動作(消えていたものがつく瞬間ではない)が進行中である
Хэвтэж байна. 「寝そべる」という動作(立っていた人が横になる瞬間ではない)が進行中である
Зогсож байжээ. 「停止する」という動作(動いていたものが止まる瞬間ではない)が進行中だった
Өвдөж байна. 「痛む」という動作が進行中である
Мэдэж байна. 「知っている」という状態が継続中である
日本語の状態動詞「ある」・「いる」とは違い、状態を表す本動詞としての бай- 自身も、文脈や用法は限られますが、このアスペクト形式をとることができます。
байж бай- 「存在」という状態が継続中
次のような動詞は、瞬間的に動作が終わり主体が変化する意味を持ちますが、モンゴル語の進行・継続アスペクトには、変化したあとの状態の継続を表す用法はなく、~した状態が継続しているという意味では以下の形は使えません。
хагарч бай- (×)語幹「壊れる」
үхэж бай- (×)語幹「死ぬ」
進行・継続アスペクトの形は、上記の基本的意味のほかにも、補助動詞に接続する語尾の種類によって、いくつかの発展的な意味を表すことができます。ここではまず、上の基本的意味を理解するようにしてください。
日本語の「~ている」形式との違い
前の項で見たモンゴル語の進行・継続アスペクトは、いずれも日本語の「~てい(る)」という形に対応しますが、日本語の「~ている」形式には、モンゴル語とは違って状態動詞には接続しないほか、モンゴル語の進行・継続アスペクトよりもかなり広い機能がありますので、そのまま訳してしまわないように十分な注意が必要です。
両者の違いを大まかに示すと次のようになります。モンゴル語の進行・継続アスペクトで表せるものを○、モンゴル語ではほかの形式で表すものを×で示します。
意味
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例
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可否
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動作の進行
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山田さんは部屋で勉強をしている。
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○
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結果の残存
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教室の窓ガラスが昨日から割れている。
先生は3日前からモンゴルに行っている。
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×
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習慣
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私は毎週テニスをしている。
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×
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反復
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パーティ会場に賓客が次々と到着している。
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×
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対象の属性
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トーラ河はウランバートル市内を流れている。
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×
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経験
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田中さんは去年まで3年間この店で働いている。
私は3日前にその番組を見ている。
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△
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完了
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文法の学習はもう終わっている。
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×
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反実仮想
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あのとき先生がいなかったら私は死んでいた。
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×
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このように、モンゴル語の進行・継続アスペクトは、日本語の「~てい(る)」形式が持っている広範な用法のごく一部にだけしか対応しません。このうち、経験を表す用法については、あとのステップで学習します。
【発音と正書法上の注意】
進行・継続アスペクトの形に含まれる補助動詞 бай- のはじめの子音 b は、ふつうの速度で発音されるとき、唇を閉じない接近音~摩擦音になったり、場合によってはほとんど発音されなくなります。
Уншиж байна. 本来の形
→ Уншиж вайна. ~ Уншжайна. 実際の発音を仮にそのまま書いた形