東京外国語大学言語モジュール

目的語人称代名詞

1)直接目的語と間接目的語
 動詞と直接結びつく目的語を直接目的語,前置詞を介して結びつく目的語を間接目的語と呼びます.人称代名詞の直接目的,間接目的の区別はほぼこれに対応しています.直接目的語を取る動詞が他動詞です.
 
Ofereci à Teresa um disco no dia dos anos.
              <間接目的> <直接目的>     
     (私はテーレザにレコードを誕生日にプレゼントした)
Procurei várias horas a minha caneta, mas não a encontrei.
     (私は何時間も私のペンを探したが,それを見つけることは出来なかった)
Finalmente encontrou um marido!
     (彼女は最終的に夫(となる人)を見つけた)
Encomendaste-lhe a tradução, ou vais fazê-la tu?
                      <間接目的><直接目的>               <直接目的> 
     (彼(彼女)に翻訳をするよう注文した?,それとも君自身がそれをするのかい)
Pelo contrário, expliquei demoradamente à jornalista que me abordou:                                                                                                                <間接目的>                                 <直接目的>
    (それどころか,私にコンタクトしてきた新聞記者に時間をかけて説明した )
2)男性単数形の直接目的語のoの特別な用法
   男性単数形の直接目的語のoには「中性の代名詞」と呼ばれる特別な用法があります.先行する文の全体やその一部などの「内容」を指し,特定の名詞句を受けるものではありません.複数形が用いられることはありません.
Tu julgas que ele não é sincero, mas é-o! ( o = ser sincero)
(君は彼が誠実ではないと思っているが,ところがそうなんだよ)
   ポルトガル語では,中性という文法範疇はありませんから,この場合の「中性」は,語形変化に関して「中立的な」という程度の意味です.(男性名詞,女性名詞に対する中性名詞はありません)
3)目的語人称代名詞の位置
   直接目的と間接目的の代名詞は,発話の中で固有のアクセントを持たないので,弱代名詞とも呼ばれます.文の中では動詞の前後に置かれ,音声的には動詞と組になって,あたかもひとつの語のように発音されます.動詞に対する位置に制約があり,特に,ポルトガルのポルトガル語では,動詞句が1語で構成される定形動詞の場合,(1)肯定の主文や疑問詞を伴わない疑問文では動詞の後に置かれ,これに対し,(2)否定文や疑問詞を伴った疑問文,肯定の主文でも動詞の前に特定の副詞や不定代名詞などが先行するもの,条件文や時の副文などを含む従属文と祈願文では動詞に対して前置されるというのが原則です.弱代名詞は,動詞に対して後置されたときはハイフンでつなぐのが正書法上の決まりです.一方,ブラジルのポルトガル語では,弱代名詞は動詞に対して前置されるのが圧倒的傾向ですが,文章語ではポルトガルのポルトガル語と同じように肯定の主文などでは後置されることが出来ます.以下の例を見て下さい.
 
(1)後置
Então eu despeço-me já, pois ainda vou para Setúbal antes do almoço.
   (それでは私はもうおいとまします,昼前にまだセトゥーバルへ行きますので)
Foi-se embora? (もう行ってしまった?) 
O jornalista escreveu a notícia e publicou-a. 
   (その記者は記事を書き,それを公開した)
 
(2)前置
【否定】 
O polícia passou pelo ladrão e não o viu. (警官は泥棒とすれちがったが,彼を見なかった)
【疑問詞】
Até quando o esperará ela? (彼女はいつまで彼を待つのであろうか?)
【副詞などが先行】
Ainda o encontrei várias vezes. (まだ,彼に何度か会った)
Alguém o tinha avisado. (誰かが彼に知らせていた)
【従属文や祈願文】 
O Joca disse-me que a prenda que lhe deste é magnífica.
        ( ジョカは,君が彼にしたプレゼントはすばらしいと私に言った)
Deus te oiça! (神様が君の願いを聞き入れるように) 
Diabos o levem! (悪魔が彼を連れて行け)
【その他】 
A Lurdez fez o bolo mas o Zé é que o comeu. 
    (ルルデスがケーキを作ったが,それを食べたのはゼだ)
Ou se decidem ou procuro outra solução. (それに決めるか,他の策を探すか)
Uma coisa te direi. (あることを君に言おう)
 
弱代名詞の前置を引き起こす語:algum, alguém, algo, todo, tudo, cada, muito, pouco, mesmo, qualquer, vários, tanto, já, ainda, sempre, só, também, talvez, bem, mal, apenas, até, quase, somente, ambos (assimや数詞などが含まれる語句では必ずしも前置されない)
 
   目的語代名詞が不定詞と意味的に結びつくような場合は,不定詞につけることも,人称変化している動詞につけることも出来ます.
Posso ajudar-te? / Posso-te ajudar?  (手伝おうか?)
Quero fazer-lhe uma surpresa. / Quero-lhe fazer uma surpresa.
  (彼に思いがけないプレゼントをしたいんだ)
 
   完了形や受動態など過去分詞を含む動詞句では,目的語代名詞は助動詞に接辞されます.過去分詞につけることは出来ません.
Eles têm-me dado muito que fazer. (彼らは私にたくさんの仕事を与えてきた)
Aos alunos foi-lhes pedido silêncio. (生徒たちに対して沈黙が要請された)
 
★ ブラジルのポルトガル語における弱代名詞の位置
   前置されるのが話し言葉のより自然なスタイルですが,書き言葉の影響で後置されることもあります.
Me parece que...  (...のように私には思える) (P: Parece-me que...)
Me mostre onde é. (どこか私に示してください) (P: Mostre-me onde é.)
É de manhã. Se sente a fadiga boa do sono.  (朝だ.十分眠った後の心地よさが感じられた)
 — Me desculpe se falei demais.  (私は言いすぎたのならごめんなさい)
4)前置詞の後で用いられる代名詞について
   前置詞のあとでは特別な形が用いられます.前置詞はアクセントを持たない単語なので,その後には強勢を受けた単語が来なければならないからです.この形は,1,2人称単数と再帰代名詞では主語代名詞と異なります.前置詞の後でeuやtuなどが現れるときは,前置詞は[主語代名詞+不定詞]の不定詞構文「~が~すること」全体を支配しています.
O ônibus estava quase vazio, não dava para eu sentar do lado dela.
(バスはほとんどからだったので,私が彼女のそばに座ることは出来なかった)
5)ポルトガルのポルトガル語の特別な用法
   また,ポルトガルのポルトガル語ではo(s) senhor(es), a(s) senhora(s)など,聞き手を指す敬称の代名詞として前置詞のあとでsiが用いられることがあります.(例:Para si? 「あなたに?」) このような用法はブラジルでは見られず,siはもっぱら再帰代名詞です.
   また,ポルトガルのポルトガル語ではvosはvocêsに対応する代名詞として広く口語で用いられます.
- Eu vos digo, filhos, começou o pai, historicamente falando...
(息子たちよ,私はお前たちに言う,と父は話し始めた,歴史的に言って)
- Eu vos digo, rapazes... Uma coisa não vai sem a outra, vejam vocês Danton!
(あのね,言っておくけど,二つのことは片方だけでは起こらないんだ,お前たちダントンを見てごらん)
6)ブラジルのポルトガル語の特別な用法
   ブラジルの話し言葉では,直接目的語の代名詞o, os, a, asの代わりに,ele, eles, ela, elasが用いられるのが普通です.書き言葉でも,話し言葉を描写する小説などには普通に現れますが,規範文法的には必ずしも認められていない形なので,作文などでは避けたほうがよいでしょう.
Eu posso matar ele.
(私は彼を殺すことが出来る)
Eu vou levar ela pra cama.
(彼女をベットに連れて行くよ)
   次の例は,ブラジルの口語形なので主語代名詞のtuに対して動詞は3人称単数形が用いられています.
Ana, tu só tem que segurar ele no bar.
(アナ,君はただ彼をバーで引き止めておけばいいんだ)
Tu vai conhecer ela amanhã.
(明日,君は彼女と知り合いになるよ)