東京外国語大学言語モジュール

表出機能

「雨(が降り出した)」などの自然現象の認識や「(頭が)痛い」などの感覚,「うれしい」といった感情をことばとして表現するのはなぜでしょうか。
特にこれらが聞き手のいない場面でも,独り言としてつぶやかれる場合,特に聞き手によるなんらかの行為を期待していない場合も考えられます。
独り言の機能はなにか,というのは突き詰めて考えるとわからないものですね。
ただ,一つの仮説としては次のような説明も可能でしょう。
表現のひとつの役割として,本来多様・連続的である知覚認識や五官の感覚を,分節されたことばの枠という認識・記憶しやすい単位に納めることで,自ら整理・確認する機能があるのではないでしょうか。
「おとといも寒かったし,きのうも寒かった。」という場合に,おとといの寒さと,きのうの寒さがまったく同じ程度であるとか,同じ程度であるにしても,それを感じた話し手が,まったく同じ寒さとして感じたということは考えづらいでしょう。それでも,ことばとしては「おとといもきのうも,寒かった」とひとまとめにされることで,最近の寒さという記憶が形成しやすくなります。
ところで,言語機能としての表出機能は,先に挙げた「出来事を叙述すること」「話し手から聞き手へ働きかけること」という,聞き手とのコミュニケーションに比べて副次的であると考えられそうです。
なぜかというと,他者とのコミュニケーションである「出来事を叙述すること」,「話し手から聞き手へ働きかけること」は,さまざまな言語において文法的に標準的な,定型的なパターンで表現されるのに対し,自己内部との無意識のコミュニケーションを反映する現象・身体感覚・感情の表現は,定型的な表現とは異なった,特殊な構文などの例外的な形をとることが多いためです。