命令・依頼の表現
聞き手に対してある動作・状態の実現を求める命令の表現と依頼の表現は、命令が相手にその行為を強制するものであるのに対し、依頼は最終的な決定権を相手に残したまま働きかけるという違いがありますが、文脈や状況によって、両者には連続する面もあります。
命令・依頼の表現は、動詞の希求形の一部と、そのほかのさまざまな文末形式によって表されます。
希求形によるもの
希求形のうち、広い意味での命令表現を作るものは次の3種類です。→【発音と正書法上の注意】
【語幹-目に見えない語尾(ゼロ)】
【語幹-аарай】
【語幹-аач】
モンゴル語では、述語が希求形の場合であっても、主語を残して2人称を明確にすることができます。ただし、2人称の代名詞の使用には、あとで見るような別の機能もあります。
3つの希求形はおおむね次のように使い分けられますが、希求形によるモダリティが対人的なものである以上、文脈や相手先によっては機微にわたる面もあり、今後の詳しい記述研究が望まれます。
目に見えない語尾 (ゼロ) をとった希求形、すなわち実質的には語幹そのままの形は、2人称に対する命令の表現を作ります。ただし、次のように、使い方によって微妙にニュアンスが変化しますので注意が必要です。
まず、そのままの形は、子どもや学生、部下など自分よりも目下の者や、友人・家族など親しい者に対する一方的な命令を表します。このとき、聞き手に命令する動作・状態の実現は現時点のものとなります。日本語の「~しろ」ほどではありませんが、ややぞんざいなニュアンスがあり、使える相手は限られます。
Чи маргааш ир . お前は明日来なさい。
Бушуухан эндээс гар . 早くここから出ていけ。
語幹そのままの形は、不特定多数に向けた指示としても用いられます。
ЗОГС 止まれ(道路標識)
ТҮЛХ 押(ドアの表示)
УСАА ТАТ 水を流してください(トイレの注意書き)
2人称の代名詞 та とともに使うと命令的なニュアンスは軽減し、やや丁寧な指示の表現になります。
Та дээшээ суу . 上座に座ってください。
Та хоол ид . 料理を召し上がってください。
даа という終助詞の形をあとに置くことによってもぞんざいさを軽減することができます。このとき、代名詞 та を併用するとさらに丁寧な指示のニュアンスとなります。終助詞 даа は離して書きますが、動詞に母音調和します。
Одоо энийг үз дээ. 今度はこれを見てください。
Та Монголоор ярь даа. モンゴル語で話してください。
даа の前に л という助詞を置き л даа という形にすると、ややへりくだった懇願のニュアンスに変えることができます。
Одоо энийг үз л дээ. 今度はこれを見てくださいな。
Та Монголоор ярь л даа. モンゴル語で話してくださいな。
動詞を2回繰り返すことによっても一方的なニュアンスを軽減することができます。この場合も、代名詞 та を併用することでさらに丁寧にすることができます。この表現は、補語や状況語がない単純な構造の文の場合や、「~していいですか」という質問文に対する応答としてよく用いられます。
Суу суу . 座ってください。
Та ор ор . お入りください。
ただし、いずれの形式も、イントネーション次第では依然としてぞんざいな言い方になることもあります。
語尾 -аарай をとった希求形は、2人称に対する指示を表します。使用する範囲はゼロ語尾による命令よりも広く、目下の者以外にも使えますが、あくまでも指示であって、決定権が話し手側にあるというニュアンスが残ります。したがって、相手に拒否権がある依頼の表現としては使うことができませんので注意が必要です。また、ゼロ語尾による命令とは違い、行為の実現は現時点ではなく、時間的に少しあとということになります。
Маргааш заавал утасдаарай. 明日必ず電話してください。
Энэ эмийг хоолны дараа уугаарай. この薬は食後に飲んでください。
Надад монгол хэлийг заагаарай. (『私にモンゴル語を教えてもらえませんか』という依頼の表現としては×)
2人称の代名詞 та とともに使うと丁寧さが増す点はゼロ語尾の場合と同じですが、依頼の表現ではなく、あくまでも丁寧な指示(決定権は話し手)に過ぎないという点に注意が必要です。
Та дээшээ суугаарай. 上座にお座りください。
Та хоол идээрэй. 料理をお召し上がりください。
なお、会話モジュールで学習するように、語尾 -аарай をとった希求形はさまざまな挨拶表現の一部として用いられますが、たとえば聞き手が目下の者であるからといって、これをほかの語尾に交換することはできません。
Сайхан амраарай. お休みなさい。/よい休日を。
Сайхан амар . (×)
語尾 -аач をとった希求形は、2人称に対する要求を表します。この形は、ゼロ語尾による命令と同じように、あくまでも現時点での実行を要求する点が語尾 -аарайとは異なります。
単独で使われる場合には必ずしも丁寧な表現というわけではなく、むしろ悪口などで使われることも少なくありません。
Ангидаа орооч. 教室に入りなさい。
Шидээч! (バスケットボールの試合中に)シュート!
Хуцаач! 黙れ!(直訳は『吠えろ』)
これまでに見た語尾と同じように、2人称の代名詞 та とともに使うことでより丁寧さを強調することができますが、この場合、前のふたつの形とは異なり、最終的な決定権を相手に委ねた依頼のニュアンスにかなり近くなる場合もあります。
Та дээшээ суугаач. 上座に座ってくださいよ。
Та хоол идээч. 料理を召し上がってくださいな。
これの語尾はいずれも、以前にステップで見た補助動詞のうち、供与を表す -ж өг- 「~してやる」 の形式とともに多く用いられます。この場合、あくまでも「供与」という補助動詞形式のニュアンスに支配されますので、抽象的にであれ、聞き手が話し手に対して何かの利益を与えるという内容でなければなりません。
Өвлийн хувцасыг гаргаж өгөөрэй. 冬の服を出して(やって)ください。
Энийг надад тайлбарлаад өгөөч. これを私に説明して(やって)くださいよ。
Ангидаа орж өгөөрэй. (聞き手が話し手に利益を与えるわけではないので×)「教室に入って(やって)ください」
そのほかの文末形式によるもの
現代のモンゴル語では、前の項で見た希求形による基本的な表現以外に、以下のような文末形式が用いられます。これらはいずれも、本来の文法的意味から語用的に発展した形式です。 →【発音と正書法上の注意】
【語幹-на】 уу.
この形式に含まれる語尾 -на は非過去の終止形ですが、それに質問文を作る助詞 уу を後続させた形は、依頼の表現にかなり近い丁寧な要求の表現となります。なお、以前に学習したように、状態動詞 бай- は、現在時制の質問文としてこの形をとりますが、この形式でモダリティを表わすこともできます。
Та цай ууна уу. (あなたは)お茶をお飲みになってください。
Надад уншиж өгнө үү. (私に)読んで(やって)ください。
Энд хүлээж байна уу. ここでお待ちになっていてください。
現代語ではモダリティの表現として固定化しており、また質問文と区別する必要性から、上のように疑問符は書かれないことが少なくありません。
【語幹-ж】 өгөх үү?
【語幹-ж】 өгөхгүй юу?
付与「~してやる」を表す補助動詞形式を非過去の質問文及び否定質問文にした形は、相手に最終的な決定権を認める依頼の表現となります。このステップでこれまでに見た形式はいずれも、付与の補助動詞形式を任意のオプションとしてとるものでしたが、この場合は補助動詞形式そのものが依頼の表現の一部として必須となります。両者の違いは、日本語の「~していただけますか」と「~していただけませんか」の違いに相当します。
この形式は、その行為が話し手自身に利益をもたらす場合に限られ、利益を受けるのが聞き手側である場合は使えないという特徴があります。
Та надад англи хэлийг зааж өгөх үү? (あなたは)私に英語を教えていただけますか?(利益を受けるのは話し手自身)
Та хоол идэж өгөхгүй юү? (利益を受けるのは聞き手側なので『(あなたは)食事をなさってください』としては×)
第二文は、あくまでも「話し手のために食べる」というニュアンスになってしまい、聞き手に対する敬意は逆に低減しますので注意してください。
この形式は、答えを想定した質問文という元の形式のニュアンスをあくまでも残しており、不特定多数の相手など、具体的な反応が存在しない場面では使えません。
Хүлээлгийн танхимд орцгооно уу? (空港のアナウンスで)待合室にお入りください。
Хүлээлгийн танхимд орцгоож өгөхгүй юу? (具体的な反応を想定していないので×)
この例の述語動詞に含まれる -цгоо- についてはあとのステップで学習します。
その他の希求形
さきに学習した3つの形式以外に、次のような希求形があります。→【発音と正書法上の注意】
【語幹-гтун】
この希求形は、歴史的には敬意を込めた要求を表していましたが、現代語では、スローガンなどごく限られた文体における命令表現としてのみ用いられます。
Оюутан бүр онц сайн суралцагтун! すべての学生は優秀な成績を修めるよう学習せよ!
第二文の述語動詞に含まれる -лц- についてはあとのステップで学習します。
念押しの表現
最初に見た広い意味での命令表現を作る希求形のあとに次のような形式を置くと、「~ね」・「わかったな」という念押しを付け加えることができます。これらはいずれも、自分よりも対等以下の者に対して使います。
【希求形】, за юу
за юу の юу は省略されることもあります。
Маргааш заавал утасдаарай, за юу. 明日必ず電話してください、いいですね。
Бушуухан эндээс гар, мэдэв үү. 早くここから出ていけ、わかったな。
恒常・反復の意味を付け加える形式
これまでに見た命令・依頼の表現をとるときに、動詞の語幹を進行・継続アスペクトの形にすると、1回限りの命令・依頼ではなく、「いつも~」・「ずっと~」という恒常・反復の意味を付け加えることができます。これは、あとのステップで見る禁止・許可の表現でも同じです。
Манайд ирж байгаарай. うちに(いつでも)来てください。(恒常的・反復的な命令・依頼)
⇔ Манайд ирээрэй. うちに来てください。(1回限りの命令・依頼)
【発音と正書法上の注意】
● 語尾 -аарай 及び -аач が接続するとき、語幹の種類によっては次の調整が必要です。以下の説明と例は -аарай で代表させて示しますが、рай の部分を変えれば -аач であっても原理は同じです。
短母音字で終わる語幹の場合は、その短母音字を脱落させたうえで接続します。
語幹 сана- 「思う」: а脱落+-аарай → санаарай
語幹 дага- 「従う」 : а脱落+-аарай → дагаарай
я・ё で終わっている語幹の場合は、それらを残したうえで、-аарай の形を -арай とします。
語幹 хая- 「捨てる」: +-арай → хаяарай
語幹 оё- 「縫う」 : +-орой → оёорой
長母音または二重母音で終わる語幹の場合は、子音 g がつなぎとして現れますので、綴りの上でもこれを表記します。
語幹 асуу- 「たずねる」: г挿入+-аарай → асуугаарай
語幹 ороо- 「包む」 : г挿入+-оорой → ороогоорой
ь で終わる語幹の場合は、-аарай を接続したときにできる綴り ьаарай の ьа の部分を母音字 и に変えて иарай にします。この規定の目的は単に活字をひとつ節約することで、иа という二重母音になるわけではありません。
語幹 тавь- 「置く」 +-аарай → тавьаарай → тавиарай
語幹 соль- 「換える」+-оорой → сольоорой → солиорой
なお、語尾 -аарай 及び -аач は母音で始まる語尾ですから、子音字で終わる語幹にこれを接続するときには、正書法一般のいわゆる脱落母音の規則とその例外にも十分注意してください。
● 語尾 -гтун が接続するとき、語幹の種類によっては次の調整が必要です。
子音字で終わる場合は、それら語尾の直前に必ず短母音字を挟みます。
語幹 нэгд- 「団結する」+-гтүн → нэгдэгтүн
ь で終わる場合は、語幹末の ь を и に変えます。
語幹 урь- 「招く」+-гтун → уригтун
● 形式 -ж өгөх үү/-ж өгөхгүй юү に含まれる動詞の形 өгөх は、間の子音が脱落してほとんど өх/өхгүй のように発音されます。