東京外国語大学言語モジュール

テンスと終止形、テンス(1) 過去(1)

動詞の終止形
 
  終止形は、モンゴル語の動詞が文の中で使われているときに必ずとる4つの形のひとつで、文の述語になるための形です。
  終止形には、細かい意味や機能を示すいくつかの具体的な形があり、動詞の語幹に接続する終止形語尾によって表されます。
 
  モンゴル語の終止形には、次のような機能と特徴があります。
 
  まず、もっとも基本的な用法として、述語として文を終えることができます。文を終えることができる動詞の形としては、終止形のほかにも希求形がありますが、終止形は、その述語の時間的意味を表します。時間的意味とは、実際の出来事が起こった時間ではなく、文法上で時間を区別する単位のことで、これをテンス時制)と呼びます。
 
  次の特徴として、終止形には、直接に対応する否定の形がありません。そこで、現代のモンゴル語では、各テンスごとに動詞のほかの形を利用した否定形が決まっています。ところが、それらの否定形は、平叙文の形とは一対一に対応せず、否定文だけの別の使い分けをします。
  また、以前のステップで質問文の作り方を学習しましたが、終止形をそのまま質問文にすると、平叙文のときとは意味が変わってしまうことがあります。したがって、否定文の場合と同じように、意味を変えることなく使える質問文の形を各テンスごとに覚える必要があります。
 
  このモジュールでは、上記のような終止形の実際の使われ方を考慮し、語尾ごとに扱うのではなく、テンスごとに関連するものをまとめて扱う方式をとります。その際、そのまま機械的に作ることができない質問文についても一緒に学習します。ただし、否定文については上で述べた事情により、別のステップで取り扱います。
過去を表す終止形
 
  過去を表す動詞の終止形は次の3種類です。→【発音と正書法上の注意】
 
      【語幹-лаа
 
      【語幹
 
      【語幹-жээ
      【語幹-чээ

 
  なお、-жээ には次のような短縮形がありますが、過去形としての意味は同じです。
 
      【語幹
      【語幹
 
  語尾 -жээ は、語幹末尾の子音字によって -чээ という形に交代します。これは、本来は昔使っていたモンゴル文字の綴りと関係がある交代だったのですが、現代のモンゴル語ではさまざまな類推が入り混じった結果、必ずしもモンゴル文字での書き分けとは一致しなくなっているほか、人によってバラバラだったり、綴り上の書き分けと実際の発音が異なることもよくあります。外国人の学習者としては非常に困るわけですが、現状を取りまとめると、おおむね次のように書き分け、そのとおりに発音していれば大きくは間違うことはないようです。
 
  子音字 р・с で終わる語幹には、モンゴル文字の綴りに関係なく -чээ を付けるのが基本です。
 
      語幹 амьдар- 「生活する」 → амьдар-чээ  (モンゴル文字の綴り oru-)
      語幹 тохир- 「合意する」 → тохир-чээ  (モンゴル文字の綴り tokira-)
      語幹 яар- 「急ぐ」 → яар-чээ  (モンゴル文字の綴り yaGra-)      
      語幹 гар- 「出る」 → гар-чээ  (モンゴル文字の綴り Gar-)   
      語幹 нис- 「飛ぶ」 → нис-чээ  (モンゴル文字の綴り nis-)
      語幹 бос- 「起きる」 → бос-чээ  (モンゴル文字の綴り bos-)
      語幹 дуус- 「終わる」 → дуус-чээ  (モンゴル文字の綴り daGus-)
 
  ただし、子音字 р・с で終わっている短母音だけの1音節語の場合だけは、モンゴル文字の綴りにおける区別を残し、モンゴル文字の綴りが母音字で終わっていれば -жээ と書きます。したがって、よく使う動詞についてはモンゴル文字の綴りをひとつひとつ辞書で確認して覚える必要があります。
 
      語幹 ор- 「入る」 → ор-жээ  (モンゴル文字の綴り oru-)
      語幹 ир- 「来る」 → ир-жээ  (モンゴル文字の綴り ire-)
      語幹 ас- 「点く」 → ас-жээ  (モンゴル文字の綴り asa-)
 
  子音字 в と г で終わる語幹の一部にも -чээ を付けます。実用的には、基本動詞である ав- өг- のふたつを覚えれば十分です。
 
      語幹 ав- 「とる」 → ав-чээ 
      語幹 өг- 「与える」 → өг-чээ
 
  短縮形の -ж (-ч)は、基本的には上記の使い分けに準じますが、次の点で違いがあり注意が必要です。
  子音字 сで終わっている語幹で短母音だけの1音節語の場合、非短縮形ではモンゴル文字の綴りによって使い分けられますが、短縮形の場合は、モンゴル文字の綴りに関係なく、すべて を付けます。もっとも、類推などによって実際の発音は であることが多いため、そのように書いてしまう人も少なくありません。
 
      語幹 нис-нисэ-ж  ~  нис-ч  (類推による綴り)
      ⇔ нис-нис-чээ
      語幹 бос-босо-ж  ~  бос-ч  (類推による綴り)
      ⇔ бос-бос-чээ
3つの形の使い分け
 
過去を表す3つの終止形は次のように使い分けられます。
 
  -лаа は、自分で体験・見聞した出来事や、目の前で起こったり予測どおりだった出来事など、心理的に近い過去を表します。心理的に近いというだけで、必ずしも時間的に近いとは限らないことに注意が必要です。
 
      Автобус ирлээ.  バスが来ました。(待っていたバスが目の前で来た場合、自分の近しい体験を語る場合など)
 
  -жээ は、歴史的な出来事や他人から伝聞した出来事など自分が直接知らないことや、予測していなかった出来事など、心理的に遠い過去を表します。あくまでも心理的に遠い過去であって、時間的にはすぐ直前であっても構いません。また、予測していなかった出来事を表すことから、知らない間に何かが起こったことを突然発見した場合などにもこの形が使われます。
 
      Автобус иржээ.  バスが来ました。(知らない間に来た場合、来たことを伝え聞いた場合など)
 
   は、上のふたつとは異なり比較的中立的・客観的な過去を表しますが、その文が紙に書かれる場合にはさほど文体の違いなく用いられるのに対し、口に出して発話する文では、どんなに硬い文体でもなかなか使わないというユニークな特徴があります。なお、あとで見る質問文の場合は口に出す文でも普通に用いられます。
 
      Автобус ирэв.  バスが来た。(小説の叙述など)
過去の質問文の形
 
  動詞文の質問文は、コピュラ文の質問文と同じように、助詞 ууюу)を文末に置くという基本原理に基づいて作りますが、必ずしも機械的に作れるわけではありませんので、以後のステップではひとつひとつ形と意味を学習していきます。ただし、疑問代名詞の有無で助詞を使い分けるという原則はつねに同じとなりますので、煩雑を避けるため、特別な形をとる場合以外、そのことを毎回示すことはしないこととします。
 
  前項で見た3種類の過去終止形の質問文は、それぞれ次のような形になります。→【発音と正書法上の注意】
 
  -лаа の場合は次のような特別な形になります。→【発音と正書法上の注意】
 
      【語幹-л уу?
      (疑問代名詞)語幹-лаа?
 
  -лаа助詞 юу を接続した -лаа юу という形もありますが、これは、過去の出来事に対する質問文ではなく、あとのステップで学習する「近未来を表す用法」の質問文となるのがふつうですので、ここでは上の形だけを覚えてください。
さきに述べたように、終止形 -лааは自分の体験など心理的に近い過去を表しますので、純粋にその出来事があったかどうかを質問することはふつうはありえません。したがって、この質問文があくまでも過去のことを質問する場合には、自分で体験したのだが忘れてしまったことを確認するというニュアンスになります。
 
      Автобус ирэл үүバスは来たんでしたっけ?
      Ямар хүн ирлээ?  どんな人が来たんでしたっけ?
 
  -жээ は、質問文では短縮形の になります
 
      【語幹-ж уувэ?   
 
Автобус ирж үү?  バスは来ましたか?(平叙文の使い分けに対応した意味で)
Ямар хүн ирж вэ?  どんな人が来ましたか?(平叙文の使い分けに対応した意味で)
 
  は、疑問代名詞を持つ質問文では助詞 бэ が省略されます。
 
      【語幹-в уу?
      (疑問代名詞)語幹-в?
 
      Автобус ирэв үү?  バスは来ましたか?(平叙文の使い分けに対応した意味で)
      Ямар хүн ирэв?  どんな人が来ましたか?(平叙文の使い分けに対応した意味で)
 
 
  以上をまとめると次のようになります。
 
平叙文の形
質問文の形
疑問代名詞なし
疑問代名詞あり
-лаа
-л уу?
-лаа?
-жээ
-ж уу?
-ж вэ?
-в уу?
-в?
 
動詞文の質問への答え方
 
  モンゴル語では、疑問代名詞を持たない動詞文の質問に対してイエスかノーかを答えるとき、返答のための特別な語を使わず、同じ動詞の形で答えるのが一般的です。
 
      Автобус ирж үү?  バスは来ましたか?
      Иржээ来ました。
 
  否定の場合も同じように否定の形を使います。否定形についてはまだ学習していませんが、次のやりとりは同じ動詞の否定形を使って答えている例です。
 
      Автобус ирэв үү?  バスは来ましたか?
      Ирээгүй байнаまだ来ていません。
【発音と正書法上の注意】
 
● 語尾 -в 及び -л уу に含まれる が接続するとき、語幹の種類によっては次の調整が必要です。
 
  子音字で終わる場合は、それら語尾の直前に必ず短母音字を挟みます。
 
      語幹 унш- 「読む」+ уншив
      語幹 ид- 「食べる」+ идэл үү
 
ь で終わる場合は、語幹末の ь и に変えます。
 
      語幹 урь- 「招く」+ урив
      語幹 зохь- 「合う」+ зохив
 
● 語尾 -жээ に含まれる長母音は母音調和しませんので、動詞の語幹の母音に関係なくつねに同じ形になります。
 
      語幹 асаа- 「点灯する」+ээ асаажээ      
 
● 語尾 -лаа が ь で終わる語幹に接続するとき、語幹末の ь は、実際の発音とは無関係に и に変えます。
 
      語幹 тавь- 「置く」+-лаа тавилаа  (実際の発音は тавьлаа)  
      語幹 захь- 「注文する」+-лаа захилаа  (実際の発音は захьлаа)