「はじめに」で述べたように、オーストラリア英語とニュージーランド英語はともに、標準イギリス英語と同様、非R音性的な変種である。つまり、"rain"などのように、母音の前の/r/は発音されるが、"wear"、"before"、"party"、"core course"のような、語末や子音の前の/r/は発音されず、それぞれ/we:/、/bɪfɔ:/、/pa:ti/、/kɔ:kɔ:s/のように、伸ばすだけの長母音になる。(※もともと"wear"や"there"などの母音は二重母音[eə]で発音されていたが、現在は長母音[e:]の発音も多く聞かれる。また、ニュージーランド英語の"wear"などの/eə/の母音の発音については、2.3節も参照。)
オーストラリア英語 | ニュージーランド英語 | |
---|---|---|
wear | 会話 | 会話 |
there | 会話 | 会話 |
before | 会話 | 会話 |
party | 会話 | 会話 |
core course | 会話 | 会話 |
"near" なども同様に、アメリカ英語ではRの音色を伴う二重母音/ɪɚ/であるが、オーストラリア英語およびニュージーランド英語では、イギリス英語と同じく、Rの音色を伴わない/ɪə/である。
アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドはいずれもイギリスから移住したことで英語が広まった地域だが、現在の発音はアメリカ英語のみがR音声的(すべての/r/を発音する)で、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドは非R音声的(母音の前以外で/r/を発音しない)である。このちがいは、イギリスからこれらの3つの地域に入植が始まった時期が異なることと関連がある。アメリカへの入植が始まった17世紀頃は、イギリスでもすべての/r/を発音する発音が一般的で、そのような英語がアメリカにも広まったが、その後イギリスでは母音の前以外で/r/を発音しなくなった。オーストラリアやニュージーランドへの入植が始まったのは、18世紀後半であり、その頃には上記の変化後の発音が確立されていたため、両国には非R音声的な発音が広まったのである。
オーストラリア英語およびニュージーランド英語では、アメリカ英語と同様に、強いアクセントのある母音の前以外で/t/は有声化する。有声化した場合、"better"は「ベラー」、 "pretty"は「プリリー」のような発音になる。これに加えて、イギリス英語の特徴である声門閉鎖音化も広まってきており、"what"のような語末の/t/は声門閉鎖音化して、「ワッ」のような発音になる場合もある。ただし、 先に挙げた"better"のように、/t/が母音に挟まれている場合は、オーストラリア英語およびニュージーランド英語では声門閉鎖音化することはなく、通常は有声化する 。/t/の有声化および声門閉鎖音化に関する詳しい説明は、「アメリカ英語とイギリス英語の発音の違い」の1.3節参照。
オーストラリア英語 | ニュージーランド英語 | |
---|---|---|
better, pretty | 会話 | 会話 |
英語の/r/は、舌先を後ろにそらせ、どこにもつけずに発音される「接近音」([ɹ])だが、ニュージーランドの先住民の言語であるマオリ語では、/r/は舌先が一瞬だけ歯茎に触れる「たたき音」([ɾ])である(日本語のラ行音の発音と同じ)。cultivatedあるいはgeneralなニュージーランド英語においては、/r/は通常接近音で発音されるが、マオリ語から借用した表現や人名における/r/については、マオリ語の発音と同様にたたき音で発音されることがある。
ニュージーランド英語 | |
---|---|
元々英語にある単語/人名 /r/=[ɹ] |
マオリ語からの借用 /r/= [ɾ] |
borrow会話 No worries.会話 Rachel会話 |
Kia ora! (= "Hello") 会話 Marama(人名)会話 Arihana(人名)会話 |
アメリカ英語で前舌の/æ/の母音を持つ語の一部は、イギリス英語では後舌の長母音/ɑ:/で発音される。"ask"、"last"、"can’t"がその代表例であるため、そのような語を総称してask-wordsと呼ぶ(詳しくは「アメリカ英語とイギリス英語の発音の違い」の2.1節参照)。オーストラリア英語およびニュージーランド英語においても、ask-wordsはイギリス英語と同じく長母音/ɑ:/である。
オーストラリア英語 | ニュージーランド英語 | |
---|---|---|
ask | 会話 | 会話 |
last | 会話 | 会話 |
can't | 会話 | 会話 |
オーストラリア英語およびニュージーランド英語では、近年、 低母音/ɑ:/の舌の位置がイギリス英語と比べて前よりになってきている([a:])。低母音/ɑ:/は、 "party"、"barbie"、"bargain"、"tart"、"art"のような単語に加えて、2.1節で説明したask-words(e.g. "last"や "can't"など)に現れる母音である。
オーストラリア英語 | ニュージーランド英語 | |
---|---|---|
barbie | 会話 | 会話 |
bargain | 会話 | 会話 |
図1の左図にはイギリス英語(赤)とオーストラリア英語(黄)の母音を、右図にはイギリス英語(赤)とニュージーランド英語(緑)の低母音/ɑ:/および前舌母音/a ɛ ɪ i:/を発音する際の舌の位置が示されている。図1を見ると、イギリス英語(赤)では/ɑ:/は舌の後ろの部分を低く下げる発音であるのに対し、オーストラリア英語(黄)とニュージーランド英語(緑)では舌の真ん中の部分が低く下がる発音であり、日本語の「ア」とほとんど同じ舌の構えであることがわかるだろう。
図1. イギリス英語(赤)とオーストラリア英語(左:黄)、ニュージーランド英語(右:緑)
における低母音/ɑ:/と前舌母音/a ɛ ɪ i:/を発音する際の舌の位置
後舌低母音/ɑ:/の前舌化の影響を受け、両方言ではさらに前舌母音/a ɛ ɪ i:/の舌の位置が連鎖的に変化している。図1に示されているように、イギリス英語の"pad"や"have"などの/a/は舌の位置が高くなって[ɛ]になり(日本語の「エ」より口をやや大きめに開いて発音する)。
オーストラリア英語 | ニュージーランド英語 | |
---|---|---|
pad | ― | 会話 |
have | 会話 | 会話 |
イギリス英語の"pen"などの/ɛ/は舌の位置が高くなって[e~ɪ]になっている(日本語の「エ」よりも口をやや狭く、唇を緊張させて発音する。)特に、ニュージーランド英語では「イ」に聞こえることもある。たとえば、ニュージーランド会話モジュール「29.数字についてたずねる」で聞かれる男性Aの"ten"は「ティン」、"cents"は「スィンツ」のように聞こえる。
ニュージーランド英語 | |
---|---|
ten, cents | 会話 |
then | 会話 |
イギリス英語の"pin"などの/ɪ/はオーストラリア英語とニュージーランド英語では変化の方向が異なっており、オーストラリア英語(左図)では舌の位置が高くなって[i]で発音され(日本語の「イ」と同じ)、ニュージーランド英語(右図)では低くなると同時に中よりになり、[ə](日本語にはない音で、口の力を抜いて発音する)で発音される。ニュージーランド英語では"fish and chips"が「フッシュンチュップス」、 "bit"が「ブッ」のように発音されることもある。
オーストラリア英語 | ニュージーランド英語 | |
---|---|---|
fish and (&) chips | 会話 | 会話 |
bit | ― | 会話 |
長母音の/i:/は、両方言とも二重母音化して[əi]のようになっている。たとえば、"week"は「ウェイク」のように聞こえることがある。オーストラリア英語会話モジュール「20.人を紹介する」で聞かれる男性AとBの"Pete"の発音も特徴的である。
オーストラリア英語 | ニュージーランド英語 | |
---|---|---|
week | 会話 | 会話 |
Pete | 会話 | ― |
2.2節で、オーストラリア英語およびニュージーランド英語で"pen"などの母音/ɛ/の舌の位置が高めになっていることを説明した。/ɛ/が変化して [e~ɪ]になったことに伴い、ニュージーランド英語においてはさらに"pair"や"stare"などの母音/eə/も始まりの舌の位置が高めになっており、 [ɪə]のように発音される。その結果、"peer"と"pair"、"here"と"hair"などの単語の発音がほとんど同じになり、どちらも[pɪə](「ピア」)、[hɪə](「ヒア」)と発音される。なお、この変化はニュージーランド英語のみで起こった変化であり、オーストラリア英語では/ɪə/と/eə/は区別される。
ニュージーランド英語 | |
---|---|
stare, pair | 会話 |
オーストラリア英語およびニュージーランド英語では、"mate"や"gooday"などの母音/eɪ/の始まりの舌の位置が低めで発音される。低くなる程度は話者によって異なるが、場合によっては[æɪ]になる(「アイ」のように聞こえる)ほど低くなることがある(図2)。
図2. イギリス英語(赤)とオーストラリア英語およびニュージーランド英語(黄)における
二重母音/eɪ/を発音する際の舌の位置
オーストラリア英語 | ニュージーランド英語 | |
---|---|---|
mate | 会話 | 会話 |
gooday (g'day) | 会話 | 会話 |
2.4節では、"mate"などの/eɪ/の始まりの舌の位置が低めになって[æɪ]となることがあることを説明した。この時、上記の図2に示されているように、舌の「前」の部分が低めになるだけである。一方で、"might"などの元々が/aɪ/である母音の発音は、舌の「後」の部分を低く下げる発音([ɑɪ~ɒɪ])に変化している。図3では図2で説明した/eɪ/の始まりの要素の低母音化を点線で、/aɪ/の始まりの舌の位置を実線で示している。
図3.オーストラリア英語およびニュージーランド英語における
二重母音/eɪ/(点線)と/aɪ/(実線)を発音する際の舌の位置
図4に示しているように、イギリス英語では"might"などの/aɪ/の始まりは舌の「真ん中/前より」の部分を低く下げる発音である。そのため、上で説明したオーストラリア英語およびニュージーランド英語の舌の「後より」の部分を低く下げる発音([ɑɪ])を「後舌化」と呼ぶ。両方言のよりbroadな発音では、後舌化に加えて唇の丸めも伴う場合がある([ɒɪ])。唇の丸めも伴う場合は、"might"や"prize"などの/aɪ/の発音は、「アイ」ではなく、「オイ」のように聞こえる。
オーストラリア英語およびニュージーランド英語で"might"などの/aɪ/が後舌化している一方で、"mouth"などの/aʊ/は前舌化している。つまり、イギリス英語では/a/の始まりは舌の「真ん中/後より」の部分を低く下げる発音だが、両方言では舌の「前より」の部分を下げ、[æʊ]という発音になる。
オーストラリア英語会話モジュール「38.しないでくれという」で聞かれる女性の"ground"の発音とニュージーランド英語会話モジュール「2.注意をひく」で聞かれる男性Bの"now"の発音にその特徴が出ている。
図4. イギリス英語(赤)とオーストラリア英語およびニュージーランド英語(黄)における
二重母音/aɪ/、/aʊ/を発音する際の舌の位置
オーストラリア英語 | ニュージーランド英語 | ||
---|---|---|---|
/aɪ/の後舌化 | might | 会話 | 会話 |
prize | ― | 会話 | |
/aʊ/の前舌化 | ground | 会話 | ― |
now | ― | 会話 |
イギリス英語では、"nurse"などの母音/ə:/は、舌の真ん中あたりを中くらいの程度まで下げて発音される(口の力を抜いて発音すると良い)。オーストラリア英語もイギリス英語と同様である。しかし、ニュージーランド英語のbroadよりの発音では、舌の構えはイギリス英語やオーストラリア英語と同じかそれより前よりで、唇の丸めを伴う([œ:])場合がある。[œ:]は、日本語の「エ」と同じ口の構えで、唇を丸めて発音する。
図5. イギリス英語(赤)とオーストラリア英語(黄)およびニュージーランド英語(緑)における
中舌母音/ə:/を発音する際の舌の位置
「6.能力についてたずねる」の“twenty-first”や「20.人を紹介する」の “server”に若干、この傾向がみられる。
ニュージーランド英語 | |
---|---|
twenty-first | 会話 |
server | 会話 |
Bauer, L. & Warren, P. (2008). New Zealand English: Phonology. In Burridge, K & Kortman, B. (eds.) Varieties of English 3: The Pacific and Australasia. Berlin: Mouton de Gruyter. pp.39-63
Burridge, K & Kortman, B. (eds.). (2008). Varieties of English 3: The Pacific and Australasia. Berlin: Mouton de Gruyter.
Horvath (2008). Australian English: Phonology. In Burridge, K & Kortman, B. (eds.) Varieties of English 3: The Pacific and Australasia. Berlin: Mouton de Gruyter. pp.39-63
Watson, C. I., Harrington, J. & Evans, Z. (2008). An acoustic comparison between New Zealand and Australian English vowels. Australian Journal of Linguistics. 18:2. pp. 185-207.
監修:斎藤弘子(東京外国語大学)、研究協力者:新城真里奈
このページは、神田外語大学グローバル・コミュニケーション研究所研究プロジェクト助成金によるものです。
はじめに
まず、オーストラリア英語、ニュージーランド英語、イギリス英語、アメリカ英語を会話モジュールの「22.自己紹介する」を用いて聞き比べよう。
オーストラリア英語とニュージーランド英語は、アメリカ英語よりもイギリス英語に似ていることがわかるだろう。
オーストラリアとニュージーランドは、18世紀以降イギリスからの移住によって英語が広まった地域で、この地域で話されている英語はイギリス英語が基盤となっている。そのため、"car"や "cart"など母音の後の/r/を発音しない非R音声的な(non-rhotic あるいはr-less)英語であるなど、発音についてはイギリス英語と共通の特徴が多い。これらの地域では、英語が話されるようになってからの歴史が比較的浅いため国土の割に地域方言は少ないが、イギリスと同様、社会階層方言があり、broad(最もオーストラリア/ニュージーランド訛りが強い)、general(一般的)、cultivated(教養のある)の3つに分類される。cultivatedな発音はイギリスの容認発音(RP)とほとんど同じで、general、broadな発音は、さまざまな点においてRPとは異なる特徴を持つ。そのような特徴には、アメリカ英語と共通の特徴や、オーストラリアおよびニュージーランドで共通の特徴、あるいは先住民の言語の影響を受けた独自の特徴がある。
「会話モジュール」の出演者の多くはgeneral Australian/New Zealand Englishの話者であるが、訛りの程度には個人差があり、どちらの方言版にも、cultivatedよりの発音をする出演者とbroadよりの発音をする出演者がいる。この発音モジュールでは、会話モジュールで聞くことのできるgeneral Australian Englishとgeneral New Zealand Englishの発音の特徴を中心に解説する。各セクションでみていくように、オーストラリア英語とニュージーランド英語の発音面の特徴は非常に類似している。