シンガポール英語の語彙と語法の特徴

はじめに

 東南アジアのほぼ中心、マレー半島南端の赤道直下に位置するシンガポールは、経済発展が目覚ましい常夏の都市国家として知られる。1867 年にイギリス植民地となり、第二次世界大戦中 は日本に占領され、その後、1959 年にイギリス連邦内の自治領となったものの、1963 年にマレーシア連邦に加入、1965 年に分離独立して建国された。 2015年現在、総人口は約 553 万人であり(Statistics Singapore 2015)、一人当たりの GDP、国際金融センターランキングともに世界の上位に入り、金融資産 100 万ドル以上を保有する富裕層の割合が世界一高い経済大国である。また、日本企業のシンガポールへの進出は近年目覚ましく、アジア諸国のなかで最も日本からの輸出額が多く、在留邦人も 3万人を超え、群を抜いて多い。こうしたビジネスの動向だけではなく、シンガポールは観光立国としても注目され、同国を観光目的で訪れる日本人も多い。

 民族別人口は、中華系 74.3%、マレー系 13.3%、インド系 9.1%、その他 3.2% であり(Statistics Singapore 2015)、中華系が大多数を占める。シンガポールは、この三大民族を平和裏に共存させるためにそれぞれの民族語―中国語(マンダリン、シンガポールでは「華語」ともいう)、マレー語、タミル語―を公用語とし、さらに、三大民族を統合するための共通語の機能を果たす言語として英語も公用語としている。英語は1987年より、シンガポールの学校教育で使用される言語となっている。

 シンガポール英語は「標準シンガポール英語(Standard Singapore English)」と「口語体シンガポール英語(Colloquial Singapore English)」に大別される。後者がいわゆる「シングリッシュSinglish」と呼ばれるインフォーマルな場で話される英語であり、中国語(主に福建語、広東語、マンダリン)とマレー語の要素が含まれている。

 シングリッシュは、シンガポールで自然に発生し、そこで進化した話しことばである。シンガポール人にとっては合理的な話し方であり、親しい間柄では自分たちの気持ちを最も自然に表現出来る「彼らの英語」なのである。高学歴の人ほど、場に応じて標準シンガポール英語とシングリッシュを使い分ける傾向がある。(シンガポールの概要、言語状況、言語教育についての詳細はこちら)。

 ここでは、シングリッシュの語彙と語法の特徴について解説する。会話をクリックして、それらが会話モジュールのなかで実際にどのように使用されているか、確かめよう。

1. lahなどの中国南部方言由来の間投詞

 最もよく知られるシンガポール英語の特徴は、親しいシンガポール人同士の会話で、lahやlehなどの中国南部方言(特に福建語と広東語)由来の間投詞が文末に使われる点である。これらは、日本語で終助詞の「ね」や「よ」を使うときのように、聞き手に対して親しみを伝える機能を果たす。表1は会話モジュールに出てくる例を示している。

表1. 中国南部方言由来の間投詞
シンガポール英語 機能 会話モジュールのスクリプト番号
lah 強調の間投詞として使用し、文の区切りを表す 3.人にものをあげる
10.提案する
14.許可を求める
35.条件をつける
38.しないでくれと言う
leh
広東語の「哩」あるいは「唎」
強調するときに文尾に置く間投詞 4.経験についてたずねる
9.比べる
10.提案する
35.条件をつける
38.しないでくれと言う
lor 文尾あるいは文の間に置く間投詞で、文の終わりや一区切りを表す 3.人にものをあげる
28.時間についてたずねる
ah
マンダリンの「啊」
賞賛・肯定・驚き・疑問を強調する文尾に置く間投詞 2.注意をひく
4.経験についてたずねる
11.依頼する
21.感謝する
23.謝る
ma, mah
マンダリンの「嘛」
明らかな様を強調する時に用いる間投詞 1.挨拶する
meh
広東語の「咩」
驚きや不快感を表す間投詞 31.好きなものについて述べる
hor 同意・疑問を表わす間投詞 20.人を紹介する
34.状況についてたずねる
35.条件をつける

2. 主な中国南部方言由来の語や表現

 シンガポール英語では、中国南部方言(主に福建語や広東語)由来の語や表現が使われることがよくある。表2は会話モジュールに出てくる表現を示している。

表2. 主な中国南部方言由来の語や表現
シンガポール英語 日本語訳 英語モジュールのスクリプト番号
da bao
広東語の「打包」
テイクアウト 2.注意をひく
maidan
広東語の「买单」
勘定 2.注意をひく
chiak hong choo
"chia hong choo"とも表記する。福建語の「吃风厝」
楽園 04.経験についてたずねる
chiak lat
福建語の「咆力」
問題のある 13.時間についてたずねる
paiseh
福建語の「怕羞」とされている
恐れる、恐縮する 11.依頼する
27.程度についてたずねる
28.時間についてたずねる
peng
福建語の「冰」
氷、(飲み物で)冷たい 18.要求する
qiao
広東語の「巧」
偶然 20.人を紹介する
zao
マンダリンの「早」
おはよう 32.好きな行動について述べる
heng ah
福建語の「幸啊」
それはいいですね 27.程度についてたずねる
siao liao
福建語の「嬲了」
馬鹿げている 25.金額についてたずねる
28.時間についてたずねる
sibei
広東語の「买单」
とても、すごく 12.例をあげる
siew gang
福建語の「収工」
(仕事が)おしまい 26.予定を述べる
aiyo
マンダリンの「哎哟」
-
(困惑・いらだち・驚き等を表わす間投詞)
20.人を紹介する
28.時間についてたずねる
boh
"boh"は"bo"とも表記する。福建語の「无」
"not"のような否定の意味があり、別の語と組み合わせることで違った意味をつくる 03.人にものをあげる
sian
福建語の「闷」
退屈な、つまらない、いらいらする 01.挨拶する
wah
マンダリンの「哇」
-
(賞賛・肯定・驚き・疑問を強調する文頭に置く間投詞)
04.経験についてたずねる
12.例をあげる
19.希望を述べる
32.好きな行動について述べる

3. 主なマレー語由来の語や表現

 シンガポール英語では、表3が示すように、マレー語由来の語や表現が使われることもある。

表2. 主なマレー語由来の語や表現
シンガポール英語 日本語訳 英語モジュールのスクリプト番号
makan ~を食べる 18.要求する
24.さよならを言う
sama sama
サンスクリット語の「सम(sama:一緒に、同じ、同等)」が語源。その後、マレー語の"sama"となる
あなたもね、どういたしまして、一緒に、同じ 24.さよならを言う
siah
"sia", "siak"とも表記する。なお、「準備する」という同音異義語もあるため、これはしばしば"power sia"「強調のsia」と呼ばれる
強調をするときに接尾辞として文尾に置く間投詞 03.人にものをあげる
10.提案する
12.例をあげる
24.さよならを言う
32.好きな行動について述べる
shiok とても美味しい、とても素晴らしい 21.感謝する
29.数字についてたずねる
31.好きなものについて述べる
32.好きな行動について述べる
kena
詳細はシンガポール英語の語法2kena受動態を参照
~される 38.しないでくれと言う
tumpang
マレー語由来。しかし、元々のマレー語での使用法は「~に便乗する、~にのせてもらう」であり、中華系が借用した場合には意味が変わる。
(人を車に乗せて)送ってあげる 03.人にものをあげる

4. 短縮語

 シンガポール人は長い語を短縮して使う傾向がある。表4は会話モジュールに出てくる短縮語を示している。

表4.短縮語
シンガポール英語 原型 日本語訳 英語モジュールのスクリプト番号
No prob. No problem. 問題ないよ 03.人にものをあげる
air-con air conditioner エアコン 09.比べる
bro brother 兄さん 03.人にものをあげる
grad students graduate student 大学院生 12.例をあげる
psych psychology 心理学 12.例をあげる
sem semester 学期 12.例をあげる
uni university 大学 12.例をあげる
Sec 4 Secondary 4 中等学校4年生 06.能力についてたずねる

5. oneの特殊な使い方

表5. oneの特殊な使い方
  シンガポール英語 標準英語 日本語訳 英語モジュールのスクリプト番号
1 one[間投詞] one
[名詞]1
[形容詞]1つの
[代名詞]一方(のもの)
-
(強調を表わす際に文尾に置く)
19.希望を述べる
38.しないでくれと言う

6. 頭字語の多用

 シンガポール人は、頭文字を使って、2語以上の固有名詞(地名や施設名など)を略して使う傾向がある。Date of Birthなど、固有名詞ではない語も頭字語にすることがある。

表6. 会話モジュールに出てくる頭字語
シンガポール英語 省略なし 日本語訳 英語モジュールのスクリプト番号
BMT Basic Military Training 基礎訓練 04.経験についてたずねる
DOB Date of Birth 生年月日 33.順序について述べる
FASS Faculty of Arts and Social Sciences 人文社会学部 07.場所についてたずねる
GSS Great Singapore Sale GSS 25.金額についてたずねる
IC Identity Card IC 33.順序について述べる

be動詞や主語の脱落

 シンガポール英語の語法はシンガポールが旧イギリス領ということもあり、イギリス英語を基礎としている。しかし、主に中華系やマレー系といった他民族からの移民が多いため、シンガポール英語は他言語からの影響も多く受けている。kena受動態がその一例である。また、シンガポール英語の英文中で脱落や省略が頻繁に起きている。前後の文脈で判断が可能な範囲で起きているが、他変種の話者から誤解を受ける可能性もある。

1.be動詞や主語の脱落

 シンガポール英語会話モジュールでは、be動詞や主語を脱落している例が多く見受けられる。脱落は、年齢、教育、英語力、他言語の会話力等に左右される。脱落の現れ方は個人差が大きい。

表1-1.be動詞の脱落
シンガポール英語 標準英語 日本語訳 英語モジュールのスクリプト番号
She very noisy and mafan lah. She is very noisy and annoying. すごくうるさいし、面倒くさいんだ。 35.条件をつける
So how the movie ah? So how was the movie? 映画はどうだった? 03.人にものをあげる
Where you going now, Jane? Where are you going now, Jane? 君はどこに行くんだい、ジェーン? 15.しなければならないと言う
You talking about the petrol price, is it? You are talking about the petrol price, aren't you? ああ、ガソリン代のことだよね? 29.数字についてたずねる
And food quite cheap and good. And food is quite cheap and good. 食べ物はとても安くて美味しいし。 10.提案する

表1-2.主語(主部)の脱落
シンガポール英語 標準英語 日本語訳 英語モジュールのスクリプト番号
Can't believe we're moving out. I can't believe we're moving out. 信じられないな。引っ越しちゃうなんて。 24.さよならを言う
Depends on what you want to do lah. That depends on what you want to do. 君たちがやりたいことによるね。 10.提案する
Certainly didn't see any good deals like that! I certainly didn't see any good deals like that! あんな格安品はたしかに見たことなかったわ! 25.金額についてたずねる
Maybe get the medium one lah. Maybe we get the medium one . 真ん中のサイズにしようか。 08.意見を述べる
So no need worry too much! So there is no need to worry too much! だから、そんなに心配することないよ! 04.経験についてたずねる

1-3.代動詞の省略
シンガポール英語 標準英語 日本語訳 英語モジュールのスクリプト番号
You know to how to get to Central Library, ah? Do you know how to get to Central Library, ah? 中央図書館への行き方をご存知ですか? 07.場所についてたずねる
You know what time ah? Do you know what time it is now? 今何時かわかりますか? 28.時間についてたずねる
You know which one is the best? Do you know which one is the best? どれが一番か知っている? 08.意見を述べる
You want the small one or the big one? Do you want the small one or the big one? 小さいのと大きいのとどっちがいい? 18.要求する
You want to have dim sum today? Do you want to have dim sum today? 今日は餃子を食べたいかしら? 09.比べる

2. kena受動態

 kenaはマレー語由来の単語である。シンガポール英語会話モジュール内ではkenaをbe動詞のように使用して、受動態の英文をつくる例が見られた。しかし、Low & Brown(2005)によると、kena受動態をつくる際には制限がある。 [ kena受動態の制限 ]

  1. 述語動詞は過去分詞でも原形でも可能。
    例:The thief kena caught by the police. The thief kena catch by the police.
  2. 他変種でも見られるように、by+行為主を省略することが可能。
    例:The thief kena caught.
  3. 状態動詞ではkena受動態をつくることは不可能。
    例:×That man kena known by everyone.
  4. 動作動詞であっても、主語に影響を受けている動詞の場合のみ可能。
    例:The book kena burnt already. The movie star kena hit by the fans.
    ×The book kena read by John. ×The movie star kena followed by fans.
  5. 否定的な意味で使用される。
    例:John kena scolded by his boss. ×John kena praised by his boss.
表2.kena受動態
シンガポール英語 標準英語 日本語訳 英語モジュールのスクリプト番号
Or else you can kena fine. Or else you can be fined. してしまうと、罰金を科せられますよ。 16.禁止する
Sure kena fine one. I'm sure you'll be fined. 罰金を払うことになるわ。 38.しないでくれと言う

3. 不可算名詞の可算名詞化

シンガポール英語では不可算名詞を可算名詞として扱うことがある。
表3.不可算名詞を可算名詞として扱う
シンガポール英語 標準英語 英語モジュールのスクリプト番号
equipment many equipments much equipment  
information sensitive informations sensitive information  
luggage three luggages three pieces of luggage  
work lots of works lots of work 04.経験についてたずねる

 可算名詞と不可算名詞が混在している場合もある。

4. 付加疑問文 "is it?/isn't it?"

シンガポール英語の付加疑問文では、主語と助動詞やbe動詞が何であれ、"is it?" あるいは"isn't it?"が使用されることが多い。
表4.付加疑問文
シンガポール英語 標準英語 日本語訳 英語モジュールのスクリプト番号
You can speak Malay, isn't it? You can speak Malay, can't you? あなたはマレー語が話せますよね。  
You talking about the petrol price, is it? You are talking about the petrol price, aren't you? ああ、ガソリン代のことだよね? 29.数字についてたずねる
You've got married, is it? You've got married, haven't you? あなたは結婚していますよね。  

 ただし、Low & Brown (2005)によると、下記の条件においてはシンガポール英語で "is it?"と"isn't it?"を使って付加疑問文を表現することができない。

  1. 否定文の後に肯定の付加疑問が続く場合。
    You couldn't lend me ten dollars, could you?
    ×You couldn't lend me ten dollars, is it?
  2. 命令文の口調を和らげるときに使用する付加疑問
    Shut the door, will you?
    ×Shut the door, is it?
  3. Let's~. Shall we~?の付加疑問
    Let's have a picnic, shall we?
    ×Let's have a picnic, is it?
  4. フォーマルな状況で、否定の付加疑問を省略せずに付加疑問を使用するとき
    You agreed to sign the papers, did you not?
    ×You agreed to sign the papers, is it not?

5. or not? 疑問文

 句あるいは節の直後に"or not?"を文末に置くことで肯定文を疑問文の表現に変える例が会話モジュールで見られた。

表5.or not疑問文
シンガポール英語 標準英語 日本語訳 英語モジュールのスクリプト番号
But I want two-side copy, can or not? But can I have two-side copy? でも、両面印刷がしたいんです。できますか? 05.手段についてたずねる
Can or not? Can I use this? これでいいですか。 33.順序について述べる
Got take any wakeboarding pictures or not? Did you take any wakeboarding pictures? ウェイクボードの写真持っている? 32.好きな行動について述べる
I zap for you, you want or not? I zap for you if you want me to. 私がやってしまおうか? 05.手段についてたずねる
Like that or not? Do you like that? それでどうかしら? 13.妥協する

6. 応答のcan

 可能の意味を表す"can"で始まる疑問文に応答する際に、"can"のみで答えることもある。また、句と組み合わせて応答するときもある。

表6.応答のcan
シンガポール英語 標準英語 日本語訳 英語モジュールのスクリプト番号
Ah, can ready! It worked! 動いた! 37.指示する
Can. Yes, I can. / Yes, I do. / Sure. / Okay. いいよ 13.妥協する
17.しなくともよいと言う
20.人を紹介する
22.自己紹介する
Haha, conversation still can. Haha, my conversation skills are still okay. ええ、会話ならまだ大丈夫です。 06.能力についてたずねる

7. 「~は…が」構文

 マレー語には「象は鼻が長い」といった「~は…が」構文が存在する。もし英語で表現するとなると、"Elephants have long trunks."や"Elephants' trunks are long."といった表現になる。シンガポール英語話者でマレー語由来の「~は…が」構文の影響が強い場合、"Elephants, trunks are long."といった表現になる可能性がある。 シンガポール英語会話モジュール内でも「~は…が」構文を確認することができた。

表7.「~は…が」構文
シンガポール英語 標準英語 日本語訳 英語モジュールのスクリプト番号
Sure, that I can do. Sure, I can do that. でしたら、私はそれが可能です。 06.能力についてたずねる
The watch, how much ah? How much was the watch? その腕時計は値段がいくらだったの? 25.金額についてたずねる
I heard, Bali the beach, nice right? I heard the beach in Bali is nice, right? バリはビーチがいいって聞いたことがあるけど? 10.提案する

9. 参考文献

Lim, Lisa, Anne Pakir & Lionel Wee (eds.) (2010) English in Singapore: Modernity and Management, Hong Kong University Press.

Low, Ee Ling & Adam Brown (2005) English in Singapore: An Introduction, McGraw-Hill Education.

Statistics Singapore (2015) Population Trends 2015, Department of Statistics, Ministry of Trade & Industry, Republic of Singapore.

矢頭典枝(2015)「シンガポールの言語状況と言語教育について ―現地調査から―」科学研究費助成事業 基盤研究(B)研究プロジェクト 『アジア諸語を主たる対象にした言語教育法と通言語的学習達成度評価法の総合的研究-成果報告書(2014)-』東京外国語大学. //www.tufs.ac.jp/common/fs/ilr/ASIA_kaken/_userdata/59-75_Yazu.pdf

開発者

監修:矢頭典枝(神田外語大学) 研究協力者:黒岩健人

このページは、神田外語大学グローバル・コミュニケーション研究所研究プロジェクト助成金によるものです。