カナダ英語の語彙の特徴

はじめに

 会話モジュールのアメリカ英語版とカナダ英語版を聞き比べると、ほとんど違いがないと感じるであろう。発音の上では、この二つの英語はほぼ同じに聞こえることはカナダ英語の『発音モジュール』で解説したとおりである。

 カナダ英語の語彙に関しても、生活用語については、そのほとんどがアメリカ英語の語彙と同じである。しかし、カナダが建国された1867年の直前より、宗主国であった大英帝国(イギリス)から移民とともに教員が大量に派遣され、学校教育を通してイギリスの語彙と綴り字がカナダに植え付けられた。しかし、20世紀後半以降、語彙に関しては、若い世代を中心に語彙のアメリカ化が加速した。カナダ英語で最もイギリス的な要素が残っているのは、現在では綴り字の側面である。

1.ほとんどがアメリカと同じ生活用語

 生活用語(飲食物、衣服、身の回り品、住関係、乗り物関係、交通関係、ビジネスなど)については、カナダ英語のほとんどの語彙はアメリカ英語と同じである。例えば、「エレベーター」はアメリカ英語とカナダ英語ではelevatorであるが、イギリス英語ではliftという。「おむつ」と「懐中電灯」はアメリカ英語とカナダ英語ではそれぞれdiaperとflashlightであるが、イギリス英語ではそれぞれnappyとtorchという。また、カナダ英語では自動車関係の用語はすべてアメリカ英語であり、例えば「フロントガラス」や「ボンネット」はそれぞれwindshieldとhoodが使われ、イギリス英語のwindscreenとbonnetは使われない。表1はカナダ英語会話モジュールにでてくる生活用語の説明例である。

表1.生活用語の語彙説明の例

garbage

「ゴミ」はカナダ英語とアメリカ英語では"garbage"、イギリス英語では"rubbish"がよく使われる。会話

gas

アメリカ英語とカナダ英語では「ガソリン」は"gas"あるいは"gasoline"。イギリス英語と豪・NZ英語では"petrol"。会話

fries

「フライドポテト」はアメリカ英語とカナダ英語では"french fries"あるいは"fries"。イギリス英語では"chips"という。会話

mom

"mom"は"mother"を短縮したくだけた言い方。「お母さん」。カナダ英語とアメリカ英語では"mom"、イギリス英語と豪英語では"mum"が一般的。会話

serviettes

"serviettes"は"paper napkins"の意味。「ナプキン」。カナダではservietteを使う人が多いが、若年層はpaper napkinを使う傾向がある。会話

(豪英語=オーストラリア英語、NZ英語=ニュージーランド英語)

 このように、カナダ英語では生活用語全般において、アメリカ英語と同じ語彙が圧倒的に優勢であるが、語によってはイギリス英語の語を使う人もいる。例えば、母親をカジュアルに呼ぶときの「お母さん」は、カナダ英語では、表1に示すように、アメリカ英語のMomが一般的であるが、イギリス英語のMumも聞くことがある。また、「尻」はアメリカ英語のbuttが優勢であるが、イギリス英語のbumも聞くことがある。

 また、数は少ないが、イギリス英語と同じ語が優勢な生活用語もある。最も引き合いに出される例を挙げれば、「蛇口」はカナダ英語ではイギリス英語のtapが使われ、アメリカ英語のfaucetが使われることはほとんどない。「旅行鞄」と「(レストランでの)お勘定」は、アメリカ英語で一般的なbaggageとcheckよりもイギリス英語のluggageとbillが優勢である。

 アメリカ英語とイギリス英語の語の両方がある場合、若年層を中心に、アメリカ英語の方が優勢になっていく傾向、つまり「語彙のアメリカ化」が見られる。例えば、「輪ゴム」と「消しゴム」は、かつてはイギリス英語のelasticとrubberが優勢であったが、現在ではアメリカ英語のrubber bandとeraserが使われるようになっている。表1のserviettes(「(食事用)ナプキン」)についても同じことがいえる。

 なお、政治制度に関する語については、カナダはイギリスの制度に倣っているため、イギリス英語の語彙が使用される。例えば、「議会」はカナダではイギリスと同じParliament、アメリカ英語ではCongressである。

2.カナダ特有の語―「カナディアニズム」

 カナダ特有の語も存在する。1998年に創刊されたOxford Canadian Dictionaryには約2,000語をカナダ特有の「カナディアニズム(Canadianisms)」として記載している。その多くはカナダ国内に広く生息、分布する動植物(caribou「カリブー」やmoose「ムース」)、あるいはカナダ発祥のもの(toboggan「ソリ」)であり、先住民起源の語が多い。カナダにしかないものとして、カナダ硬貨の愛称が挙げられる。北アメリカに生息する鳥loon(「アビ」)の絵がモチーフになっているカナダ1ドル硬貨はloonie、それをもじって2ドル硬貨はtoonie(twoとloonieを合体させた語)と呼ばれ、カナディアニズムの代表例である。カナダ英語会話モジュールに出てくるカナダ特有の語の語彙説明の例を表2に示す。

表2.カナディアニズム(カナダ特有の語)の語彙説明の例
toonie

"toonie"(tooneyとも綴る)はカナダの2ドル硬貨のこと。1ドル硬貨が、loon(アビ:北米に生息する鳥、水に潜って魚をとる)がモチーフになって"loonie"(looneyとも綴る)という通称がついている。2ドルはtwoとloonieをもじってtoonieという。会話

toque

"toque"は"long knitted hat"の意味で、カナダ特有の語。"tuque"とも綴る。ケベック州のフランス系カナダ人が元々使っていたフランス語の語。会話

toboggan

"toboggan"はカナダのソリ。伝統的なものは木製で、手すりとなる先端がカーブしている。会話

hydro

"hydro"はelectricityの意味。カナダでは電気のことをhydroという。カナダは水力発電が主流のため。会話

double-double

"double-double"は"a coffee with two creams and two sugars"の意味。「クリームと砂糖が二つずつ入ったコーヒー」カナダではポピュラーなコーヒーの飲み方。会話

 他方で、他の英語圏に存在するもので、カナダでは異なる語が使われるカナディアニズムの代表例として、最もカナダ人による使用頻度が高い語は「一年生」であり、カナダ人の85%が"grade one"を使用し、アメリカとイギリスでは、それぞれ"first grade"と"first form"が優勢である。また、カナダ人が「トイレ」の意味に良く使う"washroom"はカナダ人の半分が使用するという結果が出ており、アメリカとイギリスでは、それぞれ"bathroom"や"lavatory"などが優勢である (Boberg 2010)。

 また、伝統的なカナディアニズムとしてよく引き合いに出されるchesterfieldは、「ソファ」を指す語として使われてきたが、近年アメリカで使用されるcouch(あるいはsofa)にとってかわられ、近年では高齢者のみが使用する(Chambers & Trudgill, 2002)。他にも多くのカナディアニズムがアメリカ英語にとってかわられる傾向が近年見られる。

3.カナダ人のアイデンティティの象徴― "Eh?"

 カナダ人に特徴的な話し方として「"eh"をよく言う」というコメントがカナダ内外で聞かれる。良く聞かれる"eh"の用法は、付加疑問的に、自分の言ったことに相手の同意を求める、というものである。たとえば、「いい天気ですね。」と言う場合、通常、"It's a nice day, isn't it?" と付加疑問文で言うところ、カナダでは"It's a nice day, eh?"という言い方をよく聞く。このような"eh"の使い方は、ニュージーランド英語版にも出てくる("aye"と綴る)ことにも示唆されるように、他の英語変種でも使われることもある。なお、会話モジュールでは「談話標識」ではなく、「間投詞」という用語で説明している。

 カナダで使われる"eh"には10の機能があると言われる(Gold & Tremblay 2006)が、そのなかで、カナダ英語に特徴的な"eh" (Canadian-eh)の用法は二つであると指摘されている(Chambers 2014)。一つは表3の会話モジュール38番にあるように、"What a beautiful view, eh?"など、感嘆文の最後に挿入する用法で、カナダでは良く聞かれる。もう一つは、「何かについて語る」の"eh"、いわゆる "narrative-eh"(語りの"eh")で、話し手が何かについて語るとき、聞き手が自分の言っていることを理解しているのか、を確かめ、また、自分の話がまだ終わっていないことを示す談話標識であり、文中あるいは文末に挿入される。この用法は、表3にある会話モジュール6番の"Yes, but it's been ages, eh, so I'm probably a bit rusty."に見られる。

表3. "eh"の語彙説明の例
What a beautiful view, eh?

"eh?"はカナダ人がよく使う間投詞。ここでは、感嘆文の後に使われており、これはeh?の最もカナダ的な用法の一つである。会話「本当にそう思わないか?」といった意味。会話

It's been a long week, eh?

ここの間投詞"eh"は、自分の意見を述べ、相手の同意を得る機能を果たす。付加疑問的な使い方。会話

Yes, but it's been ages, eh, so I'm probably a bit rusty.

ここの"eh"は、「語りのeh」(narrative eh)と言われ、何かについて語る時の間投詞。"eh"の最もカナダ的用法の一つ。会話

Thanks, eh!

"eh"はカナダで良く使われる間投詞。Thanks, eh! は、カナダでは慣用句として使われることがある。会話

It's about that time, eh?

"eh?"はカナダ人がよく使う間投詞。ここでは、付加疑問的に、自分の言ったことに相手の同意を求めている。「ですよね?」
会話

 "eh"は単なる談話標識ではなく、現在では、カナダ人のアイデンティティ・マーカーとして認識され、ステレオタイプ化している側面もある。カナダ英語会話モジュールではかなりの頻度で"eh"が登場するが、多くのカナダ人が"eh"を頻繁に使うわけではない。カナダ人の"eh"の使用に対する言語態度は様々であることに留意されたい。

4.イギリス的要素が残る綴り字

 綴り字の面では、アメリカ式とイギリス式で綴り字が異なる場合、カナダ英語は多くの場合、イギリス式の綴り字を規範としている。例えば、カナダ英語ではイギリス式のcolour、labour、centre、defence、travellingと綴り、アメリカ式のcolor、labor、center、defense、travelingは教えられていない。

 しかし、アメリカ式の綴り字が規範とされる語もある。-ize/-iseで終わる動詞については、カナダ英語ではアメリカ式の-izeを規範とする。したがって、この部類に属する語の綴り字として、カナダ英語ではrealize、recognize、organizeが一般的であり、イギリス式のrealise、recognise、organiseはみられない。

 カナダ英語会話モジュールに出てくる綴り字の説明の例を表4に示す。

表4. カナダ英語の綴り字の説明の例

centre

カナダ英語では、イギリス英語と同様、centreと綴る。アメリカ英語ではcenter。会話

favour

カナダ英語はイギリス英語と同様、favourと綴る。アメリカ英語ではfavorと綴る。会話

shovelling

"shovel"は「雪かきをする」という意味。進行形になった場合、カナダ英語ではshovelling(イギリス式)とshoveling(アメリカ式)の両方の綴りがある。会話

licence

カナダ英語ではlicenceはイギリス英語と同じ綴り。アメリカ英語ではlicense。会話

5.カナダの文化と社会を表す固有名詞

 英語会話モジュールでは、各変種固有の語彙と発音の違いを学ぶだけでなく、各国の文化や社会の諸相に触れることもできる。後半の20会話は、比較しやすいように、基本的に同じスクリプトを採用しており、部分的に各変種固有の語彙や表現、場面設定に変え、出演者はそれぞれの英語固有の発音で会話している。それゆえ、各英語変種の特徴が際立つ。

 表5が示すように、カナダ英語会話モジュールでは、カナダの地名やスポーツ、公共施設や機関、商業施設、祭日、食べ物などの固有名詞を数多く説明している。

表5.カナダ独自の文化と社会の説明の例
Air Canada Centre

Air Canada Centreはカナダの最大の屋内競技場。「トロント・メープルリーフス」(ホッケー・チーム)と「トロント・ラプターズ」(バスケット・ボールのチーム)の本拠地。会話

streetcar

"streetcar"は路面電車。トロントでは、トロント交通局(Toronto Transit Commission (TTC))が地下鉄、バス、路面電車、軽軌道鉄道を運営している。会話

hockey

hockeyはカナダの国技。「ホッケー」。会話

Eaton Centre

Eaton Centreは、トロントの中心部にある大規模なショッピングセンター。("Eaton's"は、"The Bay"と並び、カナダ大手の百貨店チェーンであったが、1999年に倒産。トロントのショッピングセンターにはその名称が残っている。)会話

Victoria Day

"Victoria Day"は5月末の月曜日(25日の前)に設けられたカナダの国家的祭日。ヴィクトリア女王(1819-1901)の誕生日を記念する。カナダ人はこの日から夏のシーズンが始まると認識し、庭でバーベキューをしたり、田舎の別荘に行ったりし始める。会話

Québec City

Québec Cityはフランス語圏ケベック州の州都。1608年にフランス人が植民地化した北米最古の街。中世の街並みが残る観光地として有名。会話

poutine

"poutine"「プティーン」はカナダ・ケベック州発祥の食べ物。フライドポテトにグレイビー・ソースとチーズをかけたもの。会話

 なお、背景写真には、オフィス、レストラン、キャンパスといった屋内の場面設定では、他の英語会話モジュールと同様に神田外語大学で撮影した写真を使ったが、屋外と家庭内という場面設定ではカナダで撮影した写真を使った。いくつかの屋外の写真には、トロントのCNタワー会話やカナディアン・ロッキーのルイーズ湖会話など、よく知られるカナダの観光名所の写真も使い、ユーザーが視覚的にもカナダの雰囲気を味わえるよう工夫した。

参考文献

Barber, Katherine, ed. (1998) Oxford Canadian Dictionary, Cambridge: Cambridge University Press.

Boberg, Charles (2010) The English Language in Canada, Cambridge: Cambridge University Press.

Chambers, J. K. (1998) "English: Canadian varieties" in John Edwards, ed., Language in Canada , Cambridge: Cambridge University Press, pp.252-272.

Chambers, J.K. & Peter Trudgill (2002) Dialectology , Cambridge: Cambridge University Press.

Chambers, J. K. (2004) "‘Canadian Dainty': the rise and decline of Briticisms in Canada," in Raymond Hickey, ed., in Legacies of Colonial English, Cambridge: Cambridge University Press, pp.224-241.

Chambers, J. K. (2014) "Canadian English and Identity" 『カナダ研究年報』第34号、日本カナダ学会、57-65頁

Gold, Elaine & Mireille Tremblay (2006) "Eh? and Hein?: Discourse Particles or National Icons?" in Canadian Journal of Linguistics, 51(2/3), pp.247-263.

Pratt, T.K. (1993) "The Hobgoblin of Canadian English Spelling" in Sandra Clarke, ed., in Varieties of English Around the World: Focus on Canada , Amsterdam/Philadelphia: John Benjamins Publishing Company, pp.45-64.

Public Works and Government Services Canada (1997) The Canadian Style: A guide to Writing and Editing, Toronto: Dundern Press.

矢頭典枝(2015) 「英語モジュールにみるカナダ英語の特徴」『グローバル・コミュニケーション研究』第2号、神田外語大学グローバル・コミュニケーション研究所、73-91頁

開発者

監修 矢頭典枝(神田外語大学)
研究協力者 新城真里奈

このページは、神田外語大学グローバル・コミュニケーション研究所研究プロジェクト助成金によるものです。